甘いだけの恋なら自分でどうにかしている

「じゃあ、私は帰りますね。ノロケたかったらいつでも聞きますけど。あ、加賀くんには付き合ってるって言わないほういいですよ」
口元に人差し指を寄せた。

「口、軽いから」と言葉が重なり、笑いあった。

セキュリティカードをかざすと若槻は振り返り、「顕人くんのこと幸せにしてくださいね」と言った。

そこでハッとする。
勢いで話していたものだったから、昼間気にかけていた若槻の気持ちに対する配慮が小さくなっていた。

顔も知らない若槻のお姉さんがシャボン玉みたいに浮かぶ。
透明で、光の加減で色が見えて、だけど掴もうとすれば、割れてしまう。
見上げるしかできないもの。見上げ続ける人の心はまだ切なさや悲しみの中にある。

私もそういう時間を過ごしたことはあったけど、穏やかに過ごせる今のほうがずっと心地いいことも知っている。

だから、悲しみの顔色を伺うことも寄り添うこともしなくて良かったんだと気づく。

「本当は、課長を幸せにするなんて大それたこと思ってないけど、一緒にいると幸せだから、すごく感謝してるよ」

今の気持ちを素直に伝えると、若槻は軽く微笑み「お疲れさまでした」とフロアを後にした。
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