甘いだけの恋なら自分でどうにかしている

「でもそれもどうなんだろうって、考えてしまって」
「え、なんで?」
「ここで働いてることも楽しく感じてきたこともあるし」
「ああ、そうなんだ。そっか。それは迷うね。でもまたここに戻ってくることは出来るんじゃないかな?」
「だといいんですけど」
どこかすっきりしない表情にこちらが戸惑ってしまう。

カウンターの角に座っていた人からオーダーを受けると綾仁くんはビールサーバーに手をかけた。

バイトをかけもちしている理由がわかった。ワーホリってどの位行くのだろう。何ヶ月? 半年? それを聞いて彼と仲良くするかどうか頭で決めてることに気づく。なんだそれは。

それにしても、ここでバイトを続けたいというのはよっぽど居心地がいいんだろうな。
ふとホールに目を向けると明るい笑顔の華さんに目がいく。お客さんも穏やかな表情で彼女との会話を楽しんでるようだ。

「綾仁くんの言う通りだね」
「はい?」
「華さん、本当に明るくて素敵な人だね」
「そうですね」とこの前とは違くぶっきらぼうに答えた。ここではその話をしたくないとでもいうようにとれて、私はなんとなくだけど察してしまう。

「綾仁くん、華さんのこと好きなんだね」
と思っていることがつい口に出てしまった。
「わっ」とビールサーバーからグラスに注いでいた泡があふれ出す。
なんだこの漫画見たいなわかりやすい反応。

「びっくりした」と笑って誤魔化しながら、拭き取る。
飲み物の提供を終えてから、改めたように「そんなにわかりやすかったですか」と恥ずかし気な顔でいうものだから、ああ、やっぱりそうなんだと彼の思いが伝わってくる。
「ごめん」
「いや、謝らないでください。華さんはちっとも気づいてないと思うので、内緒にしてくださいね」
「……うん。頑張ってね」と告げると「誰にも言ってないんで、うまくいくことなんてあったら、一番に報告しますね」と言われて笑顔で対応する私の心は正直、チクリとはした。
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