【短編集】コイイロイロ
こじらせアイ
「おむつの種類が分からない!?なんで!?育児2回目なのになんでまだ違いがわからないのよ!!」

スマホを見ながら叫ぶ彼女、海來(ミクル)はふたりの子供を持つ母親である。
夫は俺、悠真(ユウマ)────ではなく、今、海來に連絡をし、彼女を叫ばせた原因の男、通隆(ミチタカ)である。

海來の話によると、通隆は海來に頼まれて末っ子、智昭(トモアキ)のおむつを買いに行ったのだが、おむつの種類が分からないようで、結局彼女に助けを求めてるようだった。



「ほんと、通隆って抜けてるよなー。子供は見ててやるからスーパーまで行って一緒に見てやれよ」

俺が笑いながらそう言うと、ごめんね。すぐ帰ってくるから。と困ったように笑い、素早く準備をして、ぱたぱたと慌ただしそうに家から出ていった。



海來と俺は高校の時からの同級生であり、今は2人とも有名プロ漫画家だ。
海來がストーリーを作り、俺がそれに絵をつける。
仕事仲間のそれ以上もそれ以下もない。



……そう。
高校から抱いていた海來への恋心など今更届くはずもないのだ。


俺がうじうじしている間に、海來の幼なじみであった通隆に取られてたなんて口が裂けても言えない。


そんな失恋したくせに振り切れてない俺は、仕事のため、育児の助けのために、大好きだった、いや、今でも大好きな海來の家でほぼ1日を過ごしている。


そんな毎日だが、幸せそうな海來たちを見るたびに心が締め付けられて苦しい。


早く気持ちを伝えていれば…
あの時勇気を出していれば…


後悔など今になればいくらでも出る。
でも、そんなこと今更無駄で、虚しさを倍増させるばかりだった。



ふぅ…と一息をつき、気分転換のため仕事部屋を出てリビングを覗くと、長女、愛莉(アイリ)が緑色のクレヨンを握りしめ、しきりに何かを書いていた。

ぱーぱっぱーぱっと満面の笑みで書いているから、きっとあれは愛莉の父である通隆だろう。
ただ、通隆らしき人の顔が恐ろしいほどの真緑なのだが。
顔に葉緑体でも増殖してるのか。というツッコミをしたが、ノリノリで書いている愛莉には届かなかったようだ。


そして、4歳だとしても、愛莉の恐ろしく酷い美的センスを見て、昔の海來を思い出す。

海來も恐ろしく絵が下手で、初めて見せてもらった俺の似顔絵は新種の化物かと思ったほどだった。
だから、漫画家になりたいという夢を諦めかけていたらしいが、そこで出会った俺が絵を書くという彼女に足りないピースを埋めた。


……懐かしい。

と、思うのと同時に、最終的に一番そばにいれたのが俺ではないという、またあの苦しさが押し寄せる。

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい

そんな感情を消すかのように首を大きく振り仕事部屋に戻る。


末っ子の智昭(トモアキ)はまだ1歳のため、仕事部屋にはすぐに相手ができるように智昭のベッドが置いてある。
今、智昭はベッドの上ですやすやと眠っている。


そんな状況を見て、また苦しくなる。
好きな人と俺ではない他人の愛の結晶。
それが憎くて憎くて仕方がない。
そうして、この胸の苦しみは黒い感情へと転換される。


……こんな海來の子供なんて…っ!!


智昭の白く柔らかい首に触れる。

きゅっと親指に力を入れると、ふにゅとそれを受け入れるかのように柔らかい皮膚が俺の指を包み込む。
きりきりと指に力を入れると、もうこれ以上包み込むことはなく硬いものに当たっているばかりになる。



俺にはもう周りの音が聞こえなかった。



ただただ胸の苦しみと後悔と悲しみと海來に対する感情でいっぱいだった。


どうしてどうしてあの時こうしていたらどうしてどうしてどうしてあの時こうしていたら好きだったのにあの時こうしていたら好きだったのに大好きなのに好きだったのに好きなのに好きなのに大好きなのに大好きなのに大好きなのに大好きなのに………
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい


────まっ


苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい


────ぅまっ


苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい



「ゆーまってば!!!!」



叫びに近い甲高い声を聞いて、はっと我に返る。

急に聞こえた耳を劈くような智昭の悲痛な泣き声。

ふっと力の抜けた手を智昭の首から離すと、白い肌にくっきりと残る赤い跡に、かすれて残るインクの跡。
それが智昭の苦しみを痛みを表しているようで俺の心を強く突き刺す。



自分がしようとしていたことをようやく理解して頭が真っ白になりそうなところに、ゆーま?と聞こえるさっきの声。

振り向くと、愛莉が一枚の紙を握りしめて泣きそうな顔でこちらを見ていた。

「ゆーま?ともちゃんないてるよ?だいじょうぶ?
ともちゃんいたいいたいなの?」

もう一度智昭の方を見ると泣き止む様子はなく、声を上げぼろぼろと涙を落としている。
俺は智昭を抱きかかえて軽く揺さぶる。
ごめん、ごめんね。と心の中で念じながら。

「ねぇ、ゆーま」
「どうした?」
愛莉の呼びかけに少し震えた俺の言葉が返す。

「なんでともちゃん、いきなりなきはじめたの?」
「………あ…」

そうだ、入口からは俺で智昭は隠れて何をされていたか見えなかったんだ。

あんな悲痛なところをこんな小さい子供に見られなくて良かった…なんて安心している俺がいて腹が立つ。

でも本当の事なんて言えるはずがない。

ごめん、愛莉、智昭、通隆、そして海來。


「ちょっとベッド蹴って起こしちゃってさ。驚いたのかな?」
嘘は案外綺麗に出た。
声も震えず、本当にそうであったかのように。


「へー、そっかー。でもすぐになきやんでよかったね」
「そだね」
気づけば智昭は泣きつかれたのか俺の腕の中で寝ている。
もう起こさないように、そっとベッドに寝かせる。


さて、と後ろを振り返り愛莉を見ると、さっきのことはもう忘れたのか、また満面の笑みでこちらを見る。

「どうした?」
「えへへー」
そう照れ笑いをしたかと思うと、じゃーん!!と先ほど書いていた絵を見せる。

「だれでしょー!」
「え、えっと…通隆?」
「せーかいっ!
じゃあ、ゆーまはまーまかいて!」


まーまかいて!という言葉が、『次は私書いてよ』と言った昔の海來と重なる。


「なんで俺が?愛莉は海來を書かないの?」
「んーとね、あいりはねぱーぱのこともまーまのこともだいすきなの。でもねぱーぱもねまーまもねっ……えーと…えーと…えーと……んー?」
愛莉は何かを伝えたいようだがボキャブラリーが足りないようでうまく言葉が出てこず首をかしげる。

「通隆も海來もどうしたの?」
「えっと…。あいりはぱーぱもまーまもすきだからふたりともかこうとおもうんだけど、ぱーぱのいちばんはまーまで、まーまのいちばんはぱーぱなの」
「うん」
「だからねっ、あいりがひとりでぱーぱとまーまをかくと、あいりがふたりをひとりじめしてるみたいになるからね、ぱーぱとまーまをゆーまとはんぶんこするの!」
「うん?」

相づちを打っていたがよく分からなくなってきた……
通隆の一番好きな人は海來。
海來の一番好きな人は通隆。
愛莉が両方を書くと独り占め?

「えっとね、あのね、だから…」

俺が分かっていないのを察したのか、愛莉は頑張って言葉を絞り出そうとする。
俺は黙ってそれを見守ることにした。

「えっと…。あいりはね、そのひとがだいすきだからえをかくんだよ。
でもね、あいりのすきはぱーぱにもまーまにもにばんめなの。
でも、あいりがすきすきーってきもちをふたりにあげたら、ふたりのにばんめのすきをあいりがもらって、あいりがいちばんすきをもらうことになるんだよ」

……つまり、
愛莉は通隆と海來の二番目に好きな人。
でも二人から二番目の好きをもらったら、通隆から海來への好き、もしくは、海來から通隆への好きを超えてしまう。

だから、通隆のもらう好きと海來のもらう好きは、愛莉のもらう好きより多くないとダメってことか……


なんでそんなこと……

通隆や海來はどれだけ子供に気を使わせてるんだ……
やっぱり、あの抜けきれてないバカップル加減が原因か……


「あ、あとね、それとねっ!」
そんな俺の心配を遮るように愛莉が声を上げる。
「ゆーまはまーまのえをかかないとだめなんだよ!
だってゆーまはまーまのこといちばんにすきでしょ!」
「え………?」
……バレてる…?なんで…っ!?

「ゆーまはまーまのこときらいなの?」
「そんなわけ…っ!」
「じゃあ、まーまのえかこ?」
「でも、海來の一番は通隆だろ?俺が好きだって気持ちを海來に伝えたら、邪魔じゃない?」

……情けないな。大人が4歳の子供に必死に恋愛相談なんて。
こんなに泣きそうな声も隠せずに。

「じゃまじゃないよ!すきってきもちはほかほかしてあったかいんだよ!いっぱいもらったらもらっただけうれしいんだよ」
そんな言葉を言う愛莉の笑顔が一番暖かくて、その笑顔が海來の笑顔と重なる。


「あいりがゆーまをたすけるから!」

『私が悠真を助けるから!』

愛莉の言葉と笑顔が、かつての海來の言葉と笑顔に重なる。

あの頃の暖かい気持ちが胸の中に蘇る。


「……ねぇ、愛莉。俺の好きな気持ちが相手の1番じゃなくても持ってていいの?」
「もちろんだよ!」
「伝えても邪魔じゃないの?」
「邪魔じゃないよ!あったかいもん!」
「そ…か」


なんだ……無理にこの気持ちを消そうとしなくても良かったんだ……。


安心した途端に視界がゆがむ。
そっと目を閉じると頬に暖かい感触。


「あれ!?ゆーま!?ないてるの?いたいの?あいりわるいこといった?ごめんね?」
足元で慌てる愛莉。
どうやらこの暖かいのは涙のようだ。

「ごめん…なんでもない……」

そう言っても一度思い出したあの頃の純粋な恋心は、涙となって止めどなく溢れる。


立っているのが辛くなってその場でしゃがみこみ、嗚咽混じりに子供のように泣きじゃくる。
するとそっと頭に乗る暖かい手。

機関銃のように喋り通していた愛莉は、別人のように静かになり、俺が落ち着くまで優しく頭をなでていた。

その手の感触がまた海來に似ていて、涙を溢れさせた。



俺が落ち着き、愛莉に「このことは内緒だぞ」と約束させた頃、海來が帰ってきた。
通隆はまだやることがあるらしく一緒には帰ってこなかったようだ。






今が絶好のチャンスだ。



俺は泣きながら書いた海來の絵を握りしめる。


玄関から俺のいるリビングに向かって海來の足音が近づく。


すぅ、はぁと大きく深呼吸をして覚悟を決める。




さあ、今までの気持ちをぶちまけて終わらせるんだ。





このこじらせたアイの物語を。




Fin.
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