夢恋・second~その瞳に囚われて~

「そうか。……辛かっただろ」

驚いた顔をしながらも、拓哉はなにも聞こうとはしない。
その心地よさに甘えるように、私は拓哉に身体を寄せた。

なにも言わずに車を発進させながら、拓哉はそんな私の肩を抱く。

ふたりの時間が、途絶えることなくずっとあったかのように、私は彼の胸の音を聞いていた。

肩にあった彼の手が、私の髪をそっと撫でる。

たとえ拓哉の話が本当だったとしても、会社の合併につながる婚約を破棄することはできないだろう。

「拓哉の実家って、なんの会社なの」

ふと思い立ち聞いてみる。

「え?なんのって。うちの会社だよ」

「えっ」

「理恵子の実家の会社と合併したんだ。北陵エクスプレスは俺の父と、理恵子のお父さんの会社だ」

がばっと身体を起こし、彼を見る。
驚きで声が出ない。

「え。知らなかったの?昔ニュースで見たんじゃなかったの?うちの会社だったから、芹香を見つけることができたんだ」

記憶をさかのぼって思い返す。
ニュースで繰り返し耳にしたのは、確かに北陵エクスプレスだったと思いだした。

「そんな……。じゃあ、拓哉が社長になるの?」

「うーん。そうなるのかな。姉がいるから、まだわからないけど。理恵子もいるしな。というか、俺がいると思ったから入社したんじゃないのか?」

「ううん。偶然よ。頭から消えてた」

「なんだ。期待したのに。俺を追いかけてきたのかと思ってたよ。都合のいい勘違いだったな」

むしろ知っていたら、私はここにはいなかっただろう。

理恵子さんと結婚して会社を継ぐ。それは彼が背負う運命。
こんな大きな会社だったとは思わなかった。

急に、拓哉がさらに遠く感じる。

「そんなに驚かなくても、俺はなにも変わらないよ。芹香がいてくれたらそれでいいんだ」

そう言うと、拓哉は再び私を抱き寄せて自分の胸に収めた。
彼を見上げると、視線に気づいた拓哉が私の額にそっとキスを落とす。

「本当にかわいい。ずっと、こうしたかった」

このぬくもりが消えてしまうことをさらに確信しながらも、私はそっと目を閉じた。

< 117 / 201 >

この作品をシェア

pagetop