夢恋・second~その瞳に囚われて~
『こちらの、後継者お二人の婚約を、本日正式に発表させていただけることとなりました!』
ワッと大きな歓声とともに、拍手が沸き起こる。
理英子は俺に腕を絡ませ、満面の笑みでそれに応えた。
俺も、さも本物の幸せなカップルであるかのように笑顔をつくりお辞儀をする。
まさか、一日限定の、偽装カップルだとは誰も思わないだろう。
「待て!一体これはどういうことだ!」
披露会が始まる前に、二人で噂していた『タヌキ社長』が、俺たちの期待通りに早速、喚きだした。
理英子と俺は、目を見合わせてプッと吹き出した。
「星野!花木!聞いてないぞ!俺は聞いていない!どういうことが説明しろ!」
父に詰め寄り騒ぐ彼を、父の秘書や、会社の役員の人たちが止めに入っている。
『タヌキ社長』、いや、米永倉庫の黒田社長は、数名の人たちに強制的に連れられて、会場を出て行った。
「うまくいったみたいね。見た?あの慌てぶり。嘘だとも知らないで。今日だけなのに」
「こら、静かにしないと聞こえるぞ」
俺たちは、ヒソヒソと言い合って笑いを堪えていた。そんな俺と理英子の様子ですら、会場にいる人々には仲睦まじく見えるのだろう。
完璧な婚約者を演じ切れていることに、俺は満足していた。誰も、疑いの眼差しなど向けてはいない。
これで会社はなんとかなりそうだ。
そう思い、安堵する。
その後、なにが起きるか知りもしないで。
そのときの俺の頭の中では、芹香のことなど考える余裕はなかった。都合よく彼女の存在を忘れ、理英子を愛しているふりをした。
この後で、一番大切なものを失うことになるだなんて、思いもしなかったからだ。
芹香に愛されている自信があるからこそ、彼女にあんなひどいことができたのだろう。
あの日をやり直したい。
ずっとそう思ってきた。
だけど君は、忽然と姿を消してしまったのだ。
俺を許すことも、なじることもなく。