夢恋・second~その瞳に囚われて~

それだけ言うと、佐伯さんは梨元係長を追って歩きだした。
私は軽く息を吐いてから、反対の方向へと歩く。

佐伯さんの優しさが心地よかった。その笑顔に救われてきた。
怒りはない。悲しみも。
人は正直で、残酷だ。佐伯さんに愛がなかったことを、ほかの人から佐伯さんへ向けられた愛情でようやくわかった。その情熱は、私から佐伯さんへは向けられてはいない。もちろん、私の気持ちが自分に向くのを待つとまで言った、佐伯さんからも。
いつも穏やかで落ち着いていると感じたのは、佐伯さんに余裕があったから。私の存在が、失ってもいいものだったから。
佐伯さんがもし、私を本気で好きだったならば、ただがむしゃらに手に入れようとするだろう。

皆、誰かを愛して傷ついて、さらに深く手に入れようと必死でもがく。
私も梨元係長のように、真剣に伝えるべきなんだ。自分の想いを。見返りを求めたり、不満を感じたりする前に。

よろよろとした足取りが、次第に早足になっていき、気づけば駆けていた。
愛しい背中に追いつくために、必死になる。
腕時計を見ると、針は六時三十二分を指していた。



『君とのことは遊びだった。気付かなかったのか?……この理恵子とようやく今日、婚約した。五年後に結婚するんだ。彼女が本命だから。理恵子以外になにも欲しくはないから』

冷たい視線とともに、彼の口から私に浴びせられた言葉。
あの日のことを忘れたわけじゃない。

だけど、この気持ちは止まらないから。
あなたにもう一度、抱きしめてもらえるのなら。
その瞳で見つめてもらえるのならば。

私を好きではなくてもいい。
きっと後悔は、しないから。

一日に一度だけ、そっと髪を撫でてキスをしてくれたなら、それだけでいい。それ以上は望まない。あなたには、愛する人がいるのだから。

ただ、その手を握っていたいから。
その声で、名前を呼んでほしいから。

我儘だということはわかっている。
私に彼女を傷つける権利などない。
だけど、どうにも欲望が止まらない。


走りながら、拓哉の笑顔を思い浮かべる。
胸が熱くなり想いが溢れ、張り裂けそうだ。あなたへの愛しさと切なさで、涙が溢れた。








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