月夜に散歩
愛という名の─宝─
 目も眩むような強い太陽の光の下、桜の花びらの絨毯に寝転ぶ君に覆いかぶさる。君を白く輝かせていた太陽の光が僕の形に陰り、輝きを失った黒曜の瞳に、僕の姿が映りこむ。僕の姿だけが映りこむ。

「殺意だけで人を殺せたら良かったのに」

 そうしたら僕は、君を殺せた。

 この宝石よりも美しい瞳に僕以外のものが映り込むなんて耐えられない。それならいっそ、何も見えないように潰してしまいたい。

 それでも彼女が苦しむのは嫌だから、せめて僕だけが映り込んだ黒曜の瞳を掌でそっと覆う。その下で長い睫毛が嬉しそうに震え、紅い唇から軽やかな笑い声が漏れた。

 この耳の鼓膜を震わせる甘い笑い声も僕だけのものだ。その唇から零れる言葉を拾っていいのも僕だけだ。

 彼女の全てを閉じ込めてしまいたくて、ゆっくりと唇を落とした。そうして空飛ぶ小鳥のように歌う君の声を奪い去る。

 僕の中に入ってくる君の甘い声はまるで媚薬だ。身体中を駆け巡り、どうしようもない快楽──殺意を生み出す。

 ああ、だけど。

 取り留めもなく、抑えきれない衝動は翼を持たず。

 僕の望み通りには羽ばたいてくれない。


 絶望の色の吐息を零すと、君は紅い唇をたわめた。

「そうね、殺意だけで人は殺せない」

 そう言って僕の背に腕を回し、くるりとまわった。上と下が入れ替わる。

 上体を起こした君の後ろには、忌々しいほどに明るい太陽。あまりにも綺麗な光に、水中で溺れているかのような息苦しさを覚えた。ふわり、ふわりと舞い落ちる桜の花びらは、さながらマリンスノーだ。

 その桜色の光が消えた途端、気道がぐっと潰された。燦然と微笑む君の顔が、一層扇情的に輝く。

「でも人は、愛だけで人を殺せるのよ」

 細い指先を僕の頬に滑らせ、上気した顔で君は僕の唇に噛み付く。

 まるで獣のように理性の欠片もない唇が、僕の中の殺意も苦しみも哀しみも、愛も。すべて奪い去っていく。

 僕は水面から引き上げられて干枯らびる、魚になるのだろうか。

 ああ、でも、それも悪くない。

 僕が君を閉じ込めたいように、君も僕を閉じ込めたいのだと知ったから。酸素の届かない身体が悦びに震えている。

 そうして一気に沸騰した身体の熱が冷めたら、きっと。

 愛という名の殺意に溺れられる。






【愛という名の】

テーマ 『宝』





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