強引社長の不器用な溺愛
たっぷり深呼吸二つ分くらいの間を置いて、社長が答えた。どこか観念したような口調で。


「兄貴にはさ、高校から付き合ってる同い年の彼女がいるんだよ。もう17年も付き合ってる。いい加減けじめつけねーと逃げられるぞって言ってんのに、結婚しないんだよな。それって、俺のせいなんだよ」


「社長のせい?」


「兄貴は自分が先に家庭を作って地盤を固めたら、俺が実家の“着物のさこた”に戻りづらくなるって思ってるんだ。まだ、俺が正統な後継だって思ってんの。だから、俺が結婚するって言えば、あの人も結婚できるんだろうなと」


社長の本音はこれなのか。ようやく合点がいく。
幸弥さんの地位確立はもちろん、幸弥さんに家族を作らせてあげたいって気持ちがあったんだ。


「でも、……社長はご実家を継がれないんですよね」


確認するように顔を覗くと、見たこともないくらいひっそりと笑う社長がいた。


「ああ、兄貴は俺よりずっと経営者向き。“着物のさこた”っつうデカイ組織の舵取りは俺にはできない。早くから、俺も親父も、後継者の資質は兄貴にあるってわかってたよ」


「幸弥さんの境遇は、ご本人から伺いました。社長は、幸弥さんに居場所を作ろうと跡目を譲ってくれたって」


社長はやっぱり静かに笑う。
そうやって笑うと幸弥さんに似ていて、ふたりの血の繋がりを確かに感じられた。


「そんなたいしたことじゃない。あっちは優れてる上に兄貴なんだ。誰が継ぐかなんて、聞かなくてもわかるさ。そのために俺もわかりやく進路を変えたんだけどなー」
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