強引社長の不器用な溺愛
「絹」

「うわっ、はい!」


「いや、兄貴ばっか名前で呼んでてずるいなと」


「あはは、どうぞ。いいですよ、名前でくらい呼べばいいじゃないですか」


普通の声でそんな風に言わないでよ。
私たちが名前呼びするなんて、ふざけた時だけだったじゃない。


「東弥って呼んでみろよ」


「素面じゃ呼べません」


「おまえな、じゃあこれから酒飲みにいくぞ。ハモニカ横丁で、朝からやってる店はあるからな!」


「嫌ですよ!土曜の朝から酔っぱらうなんて!」


社長が私の頭を捕まえてヘッドロックをしようとする。私は身をかわし、逃げる。
こんな小学生男子みたいな関係が楽しかった。
だけど、もう一歩進みたい。

もう一歩、あなたに近づきたい。


「東弥さん……」


「え」


私は立ち止まり、彼を見つめた。
社長が私を見つめ返す。

私たちの間にさあっと風が通り抜ける。
三度目のキスをした夜みたい。心地よくて、世界がきらめいている。

たったひとりに心を奪われると、世界は瞬時に色を変える。



その時だ。

社長の携帯が鳴り響いた。

音量大で響き渡るアヒルの声。
電車で移動してきのに、マナーモードにするの忘れてたな。
っていうか、何、この着信音。


「わり、敬三さんからだ」


敬三さん……、私の一世一代の瞬間を邪魔しましたね。
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