強引社長の不器用な溺愛
俺は電話の振りというバレバレの手法でその場を逃げ出した。
オフィスに戻ると、篠井はすでに帰った後だったっけ。

あの晩から、約一週間。

オフィスで会う篠井は、まったくもっていつもどおり。
あんなこと無かったかのよう。

ま、そうだよな。
そういう意味合いのおふざけだったもんな。
だから、俺もサクッと忘れるべきなんだよな。

そう思いながら、胸の疼きを止められない。

たぶん、この疼きのほとんどを占めるのは罪悪感。

女兄弟みたいに近しい篠井に、ただの女として触れてしまったことに対する気持ちだ。

もし、あのまま流れで、気持ちも何にも伴わないセックスでもしてしまったら、俺たちの関係は元どおりとはいかなかっただろう。
少なくとも、俺はあいつに対して罪悪と遠慮をわずかばかりでも覚えてしまう。

キスで済んでよかったんだ。

もう二度としなければ、いつか歳をとった時に冗談にできる。
『あんなこともあったな。若かったよな』って。

コーヒーは冷めてしまった。間もなく時間だ。
俺は冷たくなったブラックコーヒーを飲み込んで、立ち上がった。

年末の神宮前はごみごみと騒々しい。
埃っぽい夜の空気にふうっと息をついた。


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