強引社長の不器用な溺愛
未練じゃない。

なんか、不思議な置いてきぼり感。不快でもなく、焦りも感じない。

もしかするとわずかに切なさはあるかも。
通り過ぎて久しい青春時代への郷愁というか。

なんとなく、懐かしい空気で見つめ合う俺たちの間に声がかかる。


「失礼します」


篠井だ。そっと入ってくると、生駒にアレルギーの確認し、りんごジュースのパックにストローをさす。
それまできょとんとしていた生駒の娘が、ジュースを手渡されるとにっこりと笑った。

篠井は彼女にだけ、『本物の笑顔』で笑った。
無邪気な2歳児の魅力にほだされたみたいだ。

すぐにキリッとしたいつもの表情に戻ると、さらに俺たちに『最近ずーっとしてる感じ悪い作り笑い』を見せて、応接から出て行った。

もー、なんなの、あの子。
イヤンナッチャウワ!


「八束くん、本当に急に押しかけてごめんなさい。年末で忙しいよね」


「いや、大丈夫」


「夫の転勤が決まってね、1月から仙台なの。すごく遠いわけじゃないけど、東京を離れるから、その前にご挨拶したくて」


俺は感嘆の溜息をつく。


「さては、ご主人ご栄転だな?」


生駒が照れたように微笑む。


「一応ね、支社長の待遇でいくから」


「すげえな!やっぱ、生駒は見る目がある。社長夫人にしてもらえるなんて、イイ旦那さん捕まえたよ」
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