蕩けるくらいに抱き締めて(続き完結)
…。車の中はとても静かだった。何を話すわけでもなく、音楽も流れていない。外の雑音が微かに聞こえるだけ。

でも、二人は息苦しさを感じる事はなかった。

元々、物静かな蘇芳先生だ。こんな静かな時間を過ごすのは、今日が初めてではなかった。これが当たり前で、この静かな空間が心地いいとさえ思う。

別れてしまってもなお、この空間は心地いいものに変わりはなかった。

…マンションに着き、自分の荷物を詰めたカバン。それを見た蘇芳先生が呟いた。

「思ったより、荷物少ないな」
「…そうですね。自分でもヒックリです」

そう言って雪愛は肩をすくめた。

「…送る」
「い、いいです、いいです。これくらいなら、電車で帰れますから」

「「…」」

それ以上、言葉が見つからず、無言になる。…居たたまれなくなった雪愛は、なんとか口を開いた。

「…それじゃあ、あの帰ります…ぁ、あの、これ」

鞄から、このマンションの鍵を取り出すと、蘇芳先生に差し出した。

…その瞬間。

蘇芳先生は、雪愛の手を引っ張り寄せた。
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