蕩けるくらいに抱き締めて(続き完結)
「俺と坂本は仲が良かった。励まし合って、いい外科医になろうって言い合ってた矢先、事件が起きた」

そう言うと、蘇芳先生の拳を握りしめた。その手の上に、雪愛は、片手をそっと置いて包み込むと、心なしかその手の力は緩んだ。

「…俺が書いた論文を、坂本が横取りした」
「…⁈」

「…問いただしても、あいつは言い訳も弁解もしなかった。それがきっかけで、俺たちの仲は悪くなり、間も無くして、坂本は、勉強と言う名目で、渡米した。それ以来、ずっと会ってない。…まさか、産科医になってるとは思わなかったよ」

「…私が見た坂本先生は、指示も的確で、患者を一番に考えてて、とても親身になってくれる良いお医者様でした」

健診、診察、出産、産後のケア。どれを取っても、そんな悪い人には思えなかった。

「…そうか。…俺が知ってる外科医の坂本も同じだった。…どうしてあんな事になったのか、俺にもわからない。…後で分かったんだが、坂本の書いた論文の方が、良いものだと知ったから尚更わからない」

「…秀明さん。…今なら、聞けるんじゃないんですか?どうしてそんな事をしたのか。今は、違う科の医師なんですし」

雪愛の提案に曖昧に微笑んだ蘇芳先生は
雪愛をもう一度抱きしめた。
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