蕩けるくらいに抱き締めて(続き完結)
そんな事を知らない雪愛は、ようやく自宅アパートに帰り、カバンから鍵を取り出してそれを鍵穴に挿した。

「…あれ」

薄暗いので、上手く挿せないだけだろうと何度か試したが、挿さらず、その鍵を持ち上げて、一瞬固まった。

「…蘇芳先生の」

何て事だろう。蘇芳先生のマンションにある自分の荷物を持って出て行くときに、鍵を置いて来たのだが、まさか、間違えて、自分の家の鍵を置いてきてしまっていたとは。

「…おっちょこちょいにも、程がある」

雪愛はそう言って溜息をついた。

…この時間だと、蘇芳先生はもうマンションに帰っているだろう。…でもって、自分ちの鍵じゃないそれを見つめて、首を傾げているはずだ。

取りに行きたいけど、蘇芳先生に会いたくない。でも、取りに行かないと家に入れない。

しばらくドアの前で、考えてみたが、どうしていいかわからない。

「…取りに行かなきゃ、どうにもならないよね」

そう言ってまた溜息をついた雪愛は、下に降りる為、階段に向かう。

アパートから道路に出たところで、車のヘッドライトに照らされ、目を細めた。

…街灯に照らされたその車は、見覚えがある。…何度ものっているのだから、当たり前だ。

雪愛は思わずその車から逃げ出した。
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