何でも屋と偽りのお姫様~真実の愛を教えて~
「あの……」

「乗れ」

「は……はい」



そのまま会社を出て、止まっていた車に無理やり乗せられる。



「お帰りなさいませ、拓哉様、梓沙様」

「あぁ、家に戻る」

「かしこまりました」



拓哉さんと執事さんのやり取りを見ながら私は固まっていた。


だって、今の拓哉さんは凄く機嫌が悪いように見えるから。
この時の彼は何をするか分からない。


恐怖を感じていれば拓哉さんの唇が前触れもなく私の唇を包み込んだ。



「んっ……」



漏れる声を拓哉さんは気にも留めず私を押し倒す。
私や拓哉さんが寝転んでも余裕のある広い車内はどこか不気味に感じた。


それは車のせいではなくて、拓哉さんが出す雰囲気のせいだ。
どこまでも無表情なその顔を見ていたくなくて硬く目を閉じる。



「梓沙」

「はいっ……」



無遠慮にスカートの中に手を忍ばせ太ももを撫で上げる拓哉さん。
くすっぐたさを我慢しながら返事をすれば拓哉さんの低い声が私を貫いた。



「お前は俺のモノだ。
俺以外と話すなんて許さない」



その言葉にさっきの部長とのやり取りが浮かんだ。



「あれは仕事で……」

「分かっている。分かっているが……」



何かを堪える様な拓哉さんの声に思わず目を開けてしまう。



「抑えられないんだ……お前への想いだけは。
……俺のモノなのに……他の奴と話すお前が許せないんだ」



ギリッと奥歯を噛みながら哀しそうな顔をする拓哉さん。
そんな彼の顔にズキッと胸が痛んだ。



「……ごめんなさい」



気が付けば謝罪の言葉が口から出ていた。
私は悪くない、心ではそう思っているのに何故か口が勝手に余計な事を喋る。



「私だって拓哉さん以外と喋りたくないです。
だけど……貴方の役に立ちたいから……だから……」



私は何を言っているのだろう、自分で自分が何を言っているか分からなかった。


恐怖から逃れたいだけの嘘なのか、とっさの判断なのは分からない。
でも、これだけは分かる。


拓哉さんと一緒にいると、“嘘”を簡単についてしまう。
自分を偽って誰かの機嫌ばかりを伺う様な人間になってしまう。


それが……凄く窮屈に感じている自分がいる。
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