何でも屋と偽りのお姫様~真実の愛を教えて~
「……梓沙……。
お前の気持ちは分かった、だったらこうしよう」



拓哉さんは私の体を抱き起こすと、体を自分の方に向けた。
視線が交じり合い、ドクンと胸が鳴った。


でもこの胸の高鳴りは、気持ちの良い物じゃない。
嫌な予感しかない。
心臓がありえないほど激しく動く。



「拓哉さん?」

「俺の秘書になればいい。
そうすればずっと一緒にいられる。
どうしてこんな事に気が付かなかったのだろな」



拓哉さんの目は私を見ているはずなのに、どこか違う所を見ているように感じた。
焦点が合っていないその瞳が、口角を引き上げた唇が、私の心を恐怖へと落としていく。



「あの私は……今の仕事が好きなんです。
だから……」



“今のところで働きたい”
そう言おうとしたけど、口を開く事すらできなかった。


何故なら拓哉さんの目が冷たいものへと変わっていたから。



「確かにお前の評判はよく聞く。
『あれほど良いプレゼンが出来る人間はいない』『資料が分かりやすい』
他にも色々聞くが……俺はそれすら気にくわないんだ」



拓哉さんの手が私の髪を耳にかける。
その時に少し手が顔に触れただけなのにピクリと大袈裟なくらい体が揺れた。


でも大袈裟なんかじゃない、今の拓哉さんはそれくらい威圧感があって凄く怖い。



「お前の事を誰かが話しているだけで腹が立って仕方がない。
梓沙の事を見ていいのは俺だけだ……」



かなり無茶苦茶な事を言っているのを、自分では分かっているのだろうか。
怖いのに、私は何故か冷静だった。


それは多分……。



『梓沙!』



頭に浮かぶのはニカッと笑う遥斗だった。


遥斗の存在が、私の正気を保ってくれているんだ。
あの人がいるから私はこうやって笑っていられる。
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