男の秘密
「大丈夫か?」

男の声が聞こえて男性の意識が浮上する。
ゆっくりと頭を上げて声のする方をみる。

「あの、タクシーまで歩けますか?運転手さんが手伝って下さるので、立ちましょう。」

優の声で男性は、覚束無い様子で立ち上がった。
男性を両側から支えタクシーに乗り込む。

男性は自分で体勢を維持出来ないようで、優にもたれかかっている。
タクシーの運転手は2人の様子を恋人同士だと思っているのだろうか、微笑ましそうな顔がルームミラーに移っている。

だが、優はそんな表情を見る余裕も無く、浅い息を繰り返す男性を心配げな顔で見ている。

『本当に病院に行かなくても大丈夫かな・・・』

空き地を通らずに帰ると十分程余計に時間がかかる道だが、車では5分程度で到着した。

『ここから自分の部屋まで一人で男性を連れて上がる事が出来るだろうか』

マンションの三階の自分の部屋を見上げながらそう考える。
このマンションはオートロックで、1階に管理人が常駐している所が気に入り少々高いが安全性を優先して選んだ。

『管理人さんに頼んだらこの人を部屋まで連れていけるだろうか・・・』

『でも、管理人さんにそんな事を頼んでもいいのかな・・・』

逡巡していると見かねた運転手が部屋まで運ぼうか?と申し出てくれた。

「いえ、さっきもタクシーまで手を貸して頂いたので・・・。管理人さんにお願いします」

運転手にそこまで頼む訳にもいかないので、管理人に頼むと話していると、男性の動く気配を感じた。

「少し・・休んだから、歩ける」

そう言って、ゆっくりとタクシーを降りた。

この時初めて男性を明りのもと見る事が出来た。
顔は逆行になっているのと、俯き気味なせいでやはり見えないが、立って歩けるなら自分ひとりで部屋まで連れて行ける。
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