カフェ・ブレイク
純喫茶マチネ

25歳のマスターと中学生

異国情緒ただようオシャレな街、神戸。
その一角の、ゴチャゴチャした商店街の片隅に、堅牢な石造りの純喫茶マチネがある。

震災でも倒壊しなかった昭和15年開業の古い建物は、外観も内装も、ほぼ当時のまま。

もちろん使いやすいように、そして清潔に保つために改装は施しているが、建具もガラスも家具も若い店主……つまり俺によって大切に磨き上げられている。

開店時間は、朝10時から19時まで。
先代からの習わしで、モーニングもランチもない。
純粋に美味しいコーヒーや紅茶を楽しんでもらうための、贅沢な空間。
……単に古い喫茶店にしか見えない一見(いちげん)さんは華麗にスルーしていくけれど。


17時過ぎ、黒光りする紫檀のテーブルを丁寧に磨いていると、遠慮がちに戸が開いた。
一拍置いてから、営業スマイルと共に、優雅に聞こえる声でお客様を迎える。

「いらっしゃいませ。」

恐る恐る顔を出したのは、うちのマンションに先週引っ越して来たばかりの中学生の女の子だった。
「やあ。大瀬戸(おおせと)さんの。……なっちゃん、でしたね?」
確か、この子の母親がそんな風に呼んでたな、と、思い出す。

なっちゃんは、耳までぶわっと赤くなり、コクコクッ!!と何度も首を上下に振った。

お人形のように可愛らしい女の子が、ロボットのような動きをしたことに、俺はこみあげる笑いを顔に出さないように苦労した。

この子も、俺に淡い憧れを抱いたらしい。
俺はロリコンではないので、10歳も年下の中学生に惚れられても、正直なところめんどくさいだけなのだが……。


「どうぞ。何、飲みますか?ご馳走しますよ。」
カウンターにおずおずと座ったなっちゃんに、水とおしぼりを出した。
「……いえ!そんな!あの、次から来づらくなりますから、ちゃんと払わせてください!」
慌ててそう言うなっちゃんに、俺は極上の営業スマイルで言った。
「じゃあ、次からは、お願いします。今日は、私から、わざわざいらしてくださったお礼に。」

まるでホストだな、俺。

うれしそうに、なっちゃんは、はにかんでいた。
「ありがとうございます。じゃあ、……紅茶が好きなんですけど……このお店に入る前からコーヒーのいい香りがしてて……コーヒーをいただけますか?」

そうだろ、そうだろ。

俺は満足してうなずくと、
「うちのブレンドでよろしいですか?好みで味の加減もできますが。普通でいいですか?」
と、確認した。

なっちゃんは、少し首をかしげた。
「あんまり酸っぱいのは好きじゃありません。あとは、お任せで。」

「かしこまりました、お嬢さま。」

わざと恭しくそう言ってから、準備を始めた。
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