カフェ・ブレイク
「うん。……しばらくしたら美味くなるよ。10年でこれだから気むずかしい奴だよ。」
グラスを温めるように掌で包み込んだ。

「10年……。そう。10年前のお酒なんだ。」
なっちゃんは愛しそうにブランデーグラス越しにゆらりと揺れた琥珀色の液体にキスした。

薔薇のような唇から目が離せなくなった。
「10年なんて過ぎてみたら、あっという間だけど……熟成させてる時は恐ろしく長く感じるんだろうな。」

なっちゃんと知り合ってから10年。
今のキスで、なっちゃんの気持ちがまだ俺に残っていることを確信した。
……正直なところ、それで心に余裕が生じた。

「長くて短くて、一瞬で、永遠。」
なっちゃんはそうつぶやいて、俺を見た。

昔のようにまっすぐな目じゃなかったけれど、ゆらゆら揺れてて艶っぽかった。

思わず手を伸ばしそうになったけれど、すぐに自制する。
年甲斐もなくがっついてるように思われるのは癪だ。
そんな子供みたいなプライドが、意地悪な言葉を吐かせた。

「離婚の原因は俺、とか言わないでくれよ。」

なっちゃんは、グッと口を結んだ。
……あ、失敗した……と、すぐ気づいたけれど、フォローすることもできなかった。

そんな俺をマジマジと見て、なっちゃんはため息をついて苦笑した。
「章さん、あいかわらず、意地悪ですね。……心配しなくても、責任取れなんて言いませんよ。」

否定しないのかよ!?
マジで俺が原因なのか?

「……まあ、章さんのことは置いといて、直接の離婚原因は姑に我慢できなかった、ってことですかね。」
なっちゃんはさらりとそう言って、手持ち無沙汰らしく、グラスを口元に運んだ。

俺はその手からグラスを取り上げる。
「早いって。」

なっちゃんにチェイサーを押し付けて、グラスはカウンターに戻した。
おとなしく水を飲んでから、なっちゃんは息をついた。
「強引。」

「……気に入らないなら帰れよ。」
なっちゃんがむしろ俺の強引さを悦ぶことを知っていて、わざとそんな風に言った。

「ほんと、意地悪。なんでこんな人を10年も想ってるのかしら、私。」
そうこぼしてから、なっちゃんはハッとしたように口を押さえて赤くなった。

かわいいと思ったけれど、口から出てきたのは別の言葉だった。
「結婚して離婚してきたのに清純ぶるなよ。」

なっちゃんの顔が歪んだ。
……泣くかと思ったけど……むしろ怒ったようだ。

「出戻り女は、何もかも我慢しなきゃいけないんですか?」

どういう意味だ?

実家で、そんな風に肩身の狭い想いをしてるのか?

胸が痛くなる。
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