カフェ・ブレイク
「……もしかして、飄々とした細い男の人?ニヤけたインテリ風の。」
なっちゃんが首をかしげながらそう聞いてきた。

「あ、うん。そんな感じ。俺のこと、ジロジロと品定めしてやがった。」
「……違うかもしれないけど、横浜の高校で同僚だった先生かも。……てか、私、純喫茶マチネのこと、中沢先生にしか言ってない。」

ナカザワセンセイ?

「教師には見えんかったな。……そいつとどんな関係?不倫?」
怒るかと思ったけど、なっちゃんはキョトンとした。

ちょっと吹き出してから手をパタパタと振った。
「ないない。よりによって中沢先生は、ないわ~。あのヒトは、お茶飲み友達?」
「あのヒトは?他には、いたの?」
……どうでもいいことなのに、ついしつこく聞いてしまった。

なっちゃんは、苦笑した。
「いませんよ。不倫するリスクなんか、章(あきら)さんが相手でない限り、おかしません。」
どさくさ紛れに、すごいこと言ったぞ、なっちゃん。

「それ、俺を誘ってる?」
半分冗談のつもりだった。

でもなっちゃんは、艶然と笑った!

クソッ!
ずいぶんと余裕じゃないか。
……むしろ俺のほうが、感情を持て余しているんじゃないか。

俺は黙ってなっちゃんを引き寄せた。
以前より痩せた肩や腕が、痛々しい。

首筋に唇を這わせると、なっちゃんがぶるっと震えた。
やっと、ちょっと溜飲が下がった。

「旦那は?夜も優しかった?」
わざと耳元でそんなことを聞いた。

さすがになっちゃんは、俺を睨んだ。
「ほんっと、イケズ……。」

うん。
ごめんな。
小門にも、いじめるな、って言われたのに……どうしようもないな、俺。
なっちゃんには、つい意地悪なことを言ってしまう。

たぶん、以前のように、俺の言葉に一喜一憂してほしいんだ。

「嫌いじゃないんだろ?」
そう言って、なっちゃんの耳を少し強く噛んだ。
小さな悲鳴をあげて、なっちゃんは首を縮めた。
「逃げるなよ。」
「……はい。」
なっちゃんの従順な返事に、俺の背筋に震えが走った。

窓に、なっちゃんが目を固くつぶって堪(こら)えてる様子が映っていた。
やばい。
あまりにも可愛くて、俺も歯止めが利かなくなる。

他の男と結婚して、他の男にさんざん抱かれて、中古品になって帰って来た……そんな風には思えなかった。

2年前、処女だと俺に伝えないまま、俺に抱かれたなっちゃん。
かわいそうで、かわいくて……ただ愛しかった。

どこが違うって言うんだ?
肉付きがよくなるわけでなし、むしろやつれて……。


なっちゃん、絶対旦那とあんまりヤッてない!

なぜかそんな確信めいなものを感じた。
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