カフェ・ブレイク
なっちゃんに鍵を渡して、先に部屋を出た。

乗り込んだエレベーターには、タイミングいいのか悪いのか、両親がいた。
「おはよう。こんな朝から珍しいね。出かけるの?」

「ああ。造幣局の通り抜け。」
……もうそんな時期なのか。

「ふぅん。楽しんできて。……あ、そうだ。女の子1人、しばらく俺の部屋に置くから、よろしく。」
母親は呆れたような顔になり、父親は眉を上げた。

「お前、そんな、犬か猫みたいな言い方……相手のお嬢さんに失礼だぞ。」
「はぁい。」
肩をすくめてそう返事をして、それで終わり。
……35歳を過ぎて結婚もせず、ふらふらしてる俺に、すっかり諦めの境地らしい。

「長続きするといいわねえ。」
母親が全く期待していない口調でそうつぶやいていた。

「そうやなあ。」
珍しく同調する俺に、両親はちょっと驚いて顔を見合わせていた。


店を開けてしばらくして、小門が来店した。
「いらっしゃいませ。」
そう迎え入れてから、小声で付け足した。
「……玲子(れいこ)、怒ってた?」

「むしろ喜んでたかも。マスターにも、なっちゃんにも、幸せになってほしいからねえ。そのかわり、泣かせたら、怖いぞ。」
……玲子らしいな。

「期間限定ですけどね。」
そう言ってコーヒーの準備を始めると、小門がため息をついた。
「就職先が決まるまで、か?……かわいそうに。」

俺はそれには何も答えなかった。
だって、先のことはわからないだろ。

小門がコーヒーを飲み始めた頃、当のなっちゃんが来た。
「やあ。おはよう。」
俺より先に、小門が笑顔で迎えた。

「おはようございます。昨日はすみませんでした。あの、これから車、取りに行きますので……」

車?
小門のマンションに置いて、うちに来店したのか。

「いらっしゃいませ。ブレンドでよろしいですか?」
2人の会話をわざと邪魔して、なっちゃんにそう聞いた。

「あ、はい。お願いします。……あの、それと……」
なっちゃんは座りながら、そっとメモを差し出した。

<駐車場、空いてますか?車を置かせていただきたいのですが……>

「かしこまりました。」
そう言ってうなずくと、なっちゃんはホッとしたように笑顔になった。

……以前、そういや、トヨタ86を勧めたっけ。
小型とは言え、人の目を引くスポーツカーを、この子が転がしてるのか?

似合うような、似合わないような……似合うのか?
< 108 / 282 >

この作品をシェア

pagetop