カフェ・ブレイク
他のお客さまがみんな帰ってしまったのを待って、頼之くんは本を閉じた。
「ねえ。マスターは、俺の父親の親友なんだよね?」
まじめな表情と声に、俺まで緊張してきた。

「そうですよ。中学高校とサッカー部で一緒にプレイしました。」
「……ココにはそんなにしょっちゅう来店するんですか?」

正直に答えていいのだろうか。
頼之くんは、小門に会いたいのだろうか。

「ええ。忙しい人ですから滞在時間は短いですけどね。」
「じゃあココに通えば、いつか会うこともある?」

捨てられた子犬のような不安そうな瞳に胸をつかれた。
さっきまでの頼之くんとは、あきらかにキャラが違った。

「会いたいのですか?」
そう聞くと、頼之くんはちょっと拗ねたような口調で言った。

「俺はね。向こうは迷惑だろうけど。」

……思わず、頼之くんを抱きしめたくなった。

俺は、ぐっと両手を握って気持ちがおさまるのを待ってから、ため息をついた。
「どうしてそんな風に思うんだろうね?……迷惑なわけないだろう。」

頼之くんの眼鏡の奥がゆらゆらと揺れた。

「小門はいつも頼之くんのことを気にかけてるよ。基本的に口数は少ない奴だから、うちに来ても何も話さないこともあるけど、スクラップブックは必ず開いてく。」

いつの間にか俺の言葉が丁寧語じゃなくなったけど、まあ、他にお客さまもいらっしゃらないことだし、いいだろう。

「スクラップ?」

怪訝そうな頼之くんに、小門の定位置横の棚に常置されてるスクラップブックを手渡した。
10年以上前からの新聞の切り抜きや、プリントアウトした連珠の大会の記事が貼り付けてある……もちろん、すべて頼之くんに関する記事だ。

「自宅でも会社でも安らげないから、ココでソレを見て癒やされてるんじゃない?」
頼之くんは無言でページをめくったが、泣きそうな顔をしていた。

最後まで見終えてから、頼之くんはため息をついた。
「俺、けっこう有名人なの?こんなに記事があるなんて、知らなかったな。」

「小門が全紙買ってくるからな。立派な親馬鹿だろ?」
頼之くんは口をつぐんで視線を落とした。

そしておもむろにスポーツバッグを漁り、生徒手帳らしきものを取り出した。
「何?プリクラ?」
頼之くんは小さなシールをスクラップブックの続きのページに1枚貼り付けた。

「うん。遠足の時に班のやつらと撮ったやつ。……連珠の大会に出るのやめたから、新しい記事、もう増えないから。」

なんて、いじらしいんだ。

「そう?1年でレギュラー抜擢されたんだろ?サッカー部。これからはサッカーの記事が増えるのを楽しみにしてるよ。」

頼之くんは、グッと拳を握ってうなずいた。
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