カフェ・ブレイク
たぶん他のことなら、そこまで苛つくこともなかったと思う。
でも、何も知らないくせに、真澄さんを悪く言うなっちゃんを笑ってなだめることはできなかった。

「なっちゃん。」
それでもなるべく平静を装って、言った。

「それ以上は聞きたくない。一方的な悪口でしかないよ?」
なっちゃんは、口をつぐんだけれど、不満そうに見えた。

しばらく沈黙が続いた。
俺は黙々と閉店の準備を進めてたからあまり気にならなかったけど、なっちゃんは暇を持て余したらしい。

「……ごめんなさい。」
かなり時間がたってから、しょんぼりとそう謝ってきた。

「何が?」
もちろんわかってたけど、そう聞いてみた。

なっちゃんは、既に飲み干してしまった冷えたコーヒーカップを両手で弄びながら言った。
「確かに一方的でした。反省してます。」

「……うん。なっちゃんらしくない。玲子の悪い影響は、受けてほしくない。」
我ながら偉そうにそう言った。

なっちゃんは、何か言おうとしたようだったが、途中であきらめたらしく、目を伏せてため息をついた。
「玲子さんも、素敵なヒトですよ……」

やれやれ。
肩をすくめて見せてから、言った。

「幼なじみだから、あいつのいいとこも悪いとこも知ってるよ。でも、俺には『うるさい』と『ワガママ』が玲子の形容詞なんだよ。」

なっちゃんは首をかしげてたけど、上目遣いに聞いてきた。
「私は?」

……不意打ちだな、それ。
かわいすぎるだろう。
俺は、照れてるのを見せないように、いかにも渋い顔を作って少し考えるふりをした。

「なっちゃんは……『美味しい』。」

ボッ!と、まるで火がついたかのように、なっちゃんは真っ赤になった。
盛大に恥ずかしがってるなっちゃんに苦笑する。

性的になっちゃんの身体が気持ちいい、というだけじゃなく、なっちゃんの作る料理が旨いって意味も強いんだけどな。
まあ、いいか。


「帰ろうか。今晩の夕食は、何?」
「筍ご飯に、春キャベツのすり流し。海老しんじょうと百合根の炊き合わせ。」
「……何となく、メニューがオトナというか……和食が増えたね。こっちに戻ってきてから。」

どれも美味しいけど、がっつり系が姿を消した気がする。
結婚前の数ヶ月間、食事を作ってくれてた時には、普通に洋食も中華もあったのに。

「もっと脂っこいお肉系とかのほうがいいですか?」

「うん?ん~、まあ。35歳過ぎて代謝も落ちてるから、ちょうどいいと言えばちょうどいいんだけどね。」
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