カフェ・ブレイク
俺の微妙な返事に、なっちゃんはちょっと逡巡してから口を開いた。

「……ごめんなさい。確かに、偏ってました。……元夫がお肉メインの子供メニューが好きだったので……そんなのばっかり作ってるのが嫌になったのかもしれません。」

「あ、そうなんだ。」
それ以上返事しようがないぞ……そんなこと聞かされても。
「まあ、俺は何でもいいよ。なっちゃんの料理なら。季節の食材を取り入れてくれてるのもうれしいし。」

なっちゃんは、ほっとしたようにうなずいた。



5月4日。
朝からそわそわして、俺はあきらかに平常心を失っていた。
「じゃ、章(あきら)さん、お先に出ますね。夕食、ご希望ありますか?」

「いや、何でもいいよ。お任せ。……あ、酒、飲みたいかも。明日、休みにしようかな、店。」
なっちゃんが驚いた顔をした。
「珍しいですね。体調悪い?……お酒飲みたいなら、違うか。電池切れました?」

……切れる予定なんだ、とも言えない。
「うん。一日だけ、家でぼーっと過ごすよ。なっちゃん、付き人あるだろ?」

なっちゃんは、ゆるんだ口をグッとつぐんでから、ぶるぶると首を振った。
そして、俺にしがみついてきて、顔を上げて言った。
「休みます!ね、明日、デートしましょ!どこでもいいから!」

キラキラ輝く瞳が、今はまぶしすぎた。
……そんな気分になれないと思う。

「ごめん。家で英気を養いたいんだ。無理しないで、なっちゃんはちゃんとお役目を果たしておいで。」
視線をそらしながらそう言った。

なっちゃんは明らかに落胆したまま、出発した。
……ごめんな。


店にはいつもより早くに到着した。
何をしてても、そわそわする。
念入りにテーブルや椅子を磨いて回り、一分の隙もないように整えた。

開店すると、ドアが開くたびに心臓が飛び跳ねた。
……頼之くんの練習試合が終わってからだから、たぶん夕方にしか来店はないだろうに。
頭ではわかっていても、どうしてもずっとソワソワしていた。

常連さんに体調が悪いのかと心配されたぐらい、顔色も悪かったらしい。
単に緊張してただけなのだが、ちょうどいいので、明日の休業を伝えて貼り紙した。

18時過ぎ、静かに店のドアが開いた。
夕日が逆光になって、まるで金色の後光がさしているかのように神々しいほほ笑みを携えて真澄さんが入ってきた。

……ああ、やっぱり女神だ。
胸が熱くなる。

「いらっしゃいませ。」
万感の想いを込めて、いつも通りに迎えに出た。

「こんにちは、マスター。ご無沙汰しております。……頼之とココで待ち合わせしているの。待たせてもらっていいですか?」
頼之くん、グッジョブ!

俺は心の中で頼之くんに感謝して、真澄さんをカウンターへとエスコートする。
「どうぞ。……ブレンドコーヒーでよろしかったですか?」

「ええ。ありがとう。」

真澄さんが笑顔を向けてくれる。

それだけで俺は、満たされる。
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