カフェ・ブレイク

旅立ち、ふたたび

12月に入ると、なっちゃんは京都の不動産屋と連絡を取り始めた。
俺には何も言わないけれど、はっきりと、出ていく意思を表明していた。

クリスマスの直前に、母親が開店前の店に来た。
「珍しいね。どうしたの?」

そう聞くと、母親は意を決したように口を開いた。
「昨日、あの子に会って聞いたけど、あんた、それでいいの?」
……話が全く見えないぞ?

「あの子って?誰?」
「夏子さんよ!大瀬戸夏子さん!」
母親がイライラしたらしく、大きな声でそう言った。

「なっちゃん?あれ?知ってたの?」
何も聞いてないぞ。

がっくりと肩を落としてため息をついてから、母親は言った。
「あんた、やっぱり一回はちゃんと就職すべきだったわよ。どこまでマイペースなのよ。せっかくちゃんとしたお嬢さんと長続きしてるって喜んでたら、もうすぐ出て行くって言うじゃない!あんないい子、もう二度とつかまえられないわよ。」

「お嬢さんって……」
さすがに、なっちゃんの離婚歴を口に出すべきではないか、と飲み込んだ。
でも母親はそれも知っていた。

聞けば、なっちゃんのことを両親に話した翌週、母親はなっちゃんを待ち伏せして挨拶したらしい。
その後も、折に触れ、旅行の土産やら到来品のおすそ分けらで、俺の留守になっちゃんを訪ねていたようだ。

なっちゃんは結婚に失敗したことも、就職したら出ていくことも伝えていたが、逆に母親はそれでなっちゃんの誠実さをいたく気に入ったらしい。

「でも、本人が出て行くって言うなら、しょうがないだろ。……俺は何も聞いてないし。」
口をとがらせてそう言った俺の頭を、母親はコントのように、叩(はた)いた。

「あんたがぐずぐずしてるからでしょ!ちゃんと、けじめつけなさい!」
「いてーな。母親に強制されて、女を引き留めるとか、おかしいだろ。」

母親は、もう一発、俺をペシッと叩いた。
「そうじゃないでしょ!ちゃんと、プロポーズして、結婚しろって言ってんのよ!」

……考えないようにしていた方向性を、あろうことか母親に示されてしまった。
「マジかよ……」

思わずそうぼやいた俺に、母親は完全に呆れたようだった。




プロポーズ……。

夜、鶏のワイン煮込みの出来映えにご満悦ななっちゃんを見ながら、俺はボーッと考えていた。
どうすればいい?

やり方も、タイミングも、見当がつかない。
てか、そもそも、本当にそれでいいのか?

小門や親に外堀を埋められたこの状態に、俺は納得できてなかった。

むしろ、ものすごく不本意に感じていた。
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