カフェ・ブレイク
……傾いてるから落ちるんだよな。
肩に掛けるだけじゃダメか。
巻くほどの長さはないし、安全ピンで止めるか。

真澄さんに触れないように、そっと背後から腕を回す。
至近距離に真澄さんのうなじ。
やばい……幸せすぎる。
まるで背後から抱きしめているかのような気持ちになりながら、そーっと真澄さんの両肩に掛けた膝掛けの両端を安全ピンで留めた。

離れがたいけど、諦めて、真澄さんから離れる。
再びカウンターを挟んだ椅子に座って、真澄さんの寝顔を見つめ直した。

ただ、愛しかった。
見てるだけで、心が満たされた。

てか、それ以上の行為は、俺のほうが無理かもしれない……と、苦笑する。
他の女性に感じる狂気じみた欲望は一切いだかなかった。
清らかに眺め、崇めたてまつる存在なのかもしれない。
触れることさえためらわれるんだもんな。

不思議だ……。
俺にとって、この人は神聖にして侵すべからざる人、だな。
幸せになってほしい。
どうすれば、真澄さんは幸せいっぱいのあの笑顔を取り戻してくれるのだろうか……。


しばらくして、店のドアが静かに開いた。
いらっしゃいませ……と言おうとしたら、入口に立ってた頼之くんが唇に人差し指をあてていた。
どうやら寝てる真澄さんを起こさない気遣いらしい。

……てか……頼之くん、ドアを開けるのもそーっとしてたよな。
店に入る前から、真澄さんが寝てるの、わかってたってことか。

「もしかして、覗いてた?」
音を立てないように頼之くんに近づき、声になるかならないかの小声でそう聞いてみた。

頼之くんは顔をしかめて見せた。
「せっかく気ぃ利かせてんのに、マスター、中二病かよ。」

やっぱり頼之くんは覗いてたらしく、小声でそうダメ出しされてしまった。
……どういう意味だよ。

「紳士的と言ってくれる?……真澄さんに卑怯なことできないよ。」
覗かれて気恥ずかしいけど、強がってそう言った。

すると頼之くんは、ふっと笑った。
「まあ、マスターのそういうとこ、好きやけどな。」
「……そりゃどうも。」
ますます恥ずかしくなる。

「あ、そうだ。」
そう言って、頼之くんは、再び店のドアを開けて、「CLOSED」を「OPEN」にひっくり返した。
そんなことまでしてして(くれて)たのか!

「どおりで誰もお客さまが来ないわけだ。」
元日とは言え、忙しいはずの時間帯に誰も来ないはずがないよな。

苦笑して、頼之くんの頭をくしゃくしゃっと撫でた。

……ありがとうな。
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