カフェ・ブレイク
竹原くんは、あれから一度もカウンセリングルームには来なかった。
校内ではたまに見かける程度だったが、女子大生寮にはしょっちゅう来ていた。
……でも、さすがに声をかけることはためらわれた。

よくよく観察してみると、竹原くんの相手は1人ではないようだ。
日替わりとは言わないが、いろんな女子大生の部屋に自由に出入りしているではないか。

いったい、何なの!?
しかも気づいてみれば、竹原くんは寮内で堂々と廊下を歩き回っていた。
誰も騒がないどころか、笑顔で挨拶以上の言葉を交わし、時には部屋に誘っていた!

……共通のペット状態?
私だけが、事情もわからず、ただ遠巻きに眺めていた。

竹原くんは私と目が合うと、いつも、芝居がかった恭しいお辞儀をしてみせた。
普通なら、小馬鹿にされてる、と感じそうなぐらい仰々しいのに、なぜかそうは思わなかった。

不思議な子。
ろくな返礼もできず、顔をしかめて見せたり、首をかしげてみたりしていた。
それでも竹原くんはいつも笑顔だった。


女子会館は、京都御苑のすぐそばにあった。
通勤の行き帰りや休日、私はわざわざ御苑を通り抜けた。
御所には参観を申し込んで許可を得るか、春秋の一般公開の日でなければ入れないが、周辺部の庭園は解放されている。
梅林や桃林も美しいが、自然林も残されていて、野鳥も多い。

四季の移ろいを間近に感じる毎日は楽しくもあり……感傷的にもなった。
梅の香りに癒やされるようで、あの人を想い出した。
桃源郷に夢見心地になりながらも、あの人を求めていた。

……まさか自分が花を見上げて泣くとは思わなかった。



3月末。
うれしい知らせを受けた。
東京の学園で1年間けっこう仲良くしていた生徒が、タカラヅカの音楽学校に合格したのだ。
彼女の入寮前に、関西の学園関係者でお祝いの席が設けられた。
1年ぶりに再会した彼女……才迫(さいさこ)れいは、希望に満ちあふれていた。

「れいちゃん、また身長伸びた?舞台映えしそうね。」
……彼女はダンス部で呼んでた通り「ちゃん」付けで呼ぶのはためらわれるほど、入学前なのに凜々しい男役になっていた。
「大瀬戸先生~!お久しぶりです!そっか、こっちにいらっしゃるんですね!うれしい!」
れいちゃんがぎゅっとしがみついてきた。

かわいい生徒のはずなのだが、短い髪をビシッと後ろに撫で固めた男装の麗人に抱きつかれて、私は照れまくった。

「京都の学園にいるの。お休みに京都観光することがあれば、声をかけてね。」
そんな風に言ったけれど、音楽学校生の間は遊びを封印してお稽古に精進してほしいとせつに願った。
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