カフェ・ブレイク
「どうぞ、お座りください。あまり急激に動いてまた出血したら大変です。……そうでしたか、あなたが。家内と秘書から聞いてます。社用で独占してるせいで、ご迷惑をおかけしました。」
柔らかいイントネーションでそう言われても、やっぱり目が鋭くて怖い気がした。

「迷惑だなんて!むしろ破格でお貸しくださって感謝しています。……あの、先日、奥様にもパイやスープをいただきました。ありがとうございました。どうぞよしなにお伝えください。」

竹原くんのお父様の顔が変な表情を帯びた。
「もしかして、あなたもあのスープを飲まされたんですか?あの、何とも言えないイチゴの……」

あー、あれ。
「いただきました。確かに、何とも言えないお味でしたね。竹原くん、今の竹原さんと同じ顔してましたわ。」
思い出し笑いをしながらそう言った。

するとお父様は目を細めて私を見た。
……ちょっとまぶしそうな表情が、竹原くんとよく似ていた……逆か。
竹原くんが竹原さんに似てるのね。

「ややこしいですね。愚息は義人(よしと)と、私は要人(かなと)とお呼びください、先生。」

あ、「かなと」と読むんだ……「ようじん」かと思った。
……てか、竹原くん……義人くんが「夏子さん」としか呼ばないのに、お父様の要人さんが「先生」って仰るのも、変な感じ。

「利き手を怪我しはって、不自由でしょうね。」
要人さんにそう言われて、はじめて気づいた。
確かに、不便かも。

「自業自得ですから。」
とだけ言ったけど、つい気にして、怪我した右手を何度も見てしまう。

要人さんが言いにくそうに仰った。
「診断申込書と診療情報提供書を書かなければいけないらしいのですが……代筆いたしましょうか?」

「……すみません。お手数おかけいたします。よろしくお願いいたします。」
そう言って、保険証を出そうとするのだが、左手だけだとなかなかうまくいかない。
財布と格闘しているうちに、要人さんはするすると記入を始めていた。

名前……住所……電話番号……え?どうして知ってるの?
驚いて見てると、要人さんは苦笑した。

また、義人くんに似てる、と思った……逆だけど。

「さっき、救急車の中で救急隊員に申告してはったから。……間違ってないか、あとで確認してください。」

そういえばそうなんだけど、あんなたった1回の説明を完璧に覚えてるなんて。

「義人くんの聡いのは要人さん譲りなんですねえ。」

漆黒に金のペン先が美しい万年筆がなめらかに動くのを見ながら、ついそうつぶやいた。
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