カフェ・ブレイク
ペン先が止まり、要人さんが申し訳なさそうな表情を作った。
「愚息をほめていただきありがたいのですが……遺伝よりむしろ義人自身の努力やと思いますよ。同じ種(たね)のはずの娘は、ボーッとしてますから。」

娘さんもいらっしゃるんだ。
義人くんの、お姉さん?妹さん?

「……夏子さんは、お一人ですか?」
あっさりと、「先生」が「夏子さん」に変わったことに、ちょっと笑ってしまう。
やっぱり義人くんと同じ人種かも。

「ええ。一人です。姉妹に憧れてました。」
「あ、いえ、お一人暮らしですか?当分、生活も不自由じゃないかと思いまして。」

あ~……そっちですか。
「はい。一人ですので、何とでもなります。数日たてば、ゴム手袋で何とか……」

私の言葉が終わるのを待たずに、要人さんはスマホをいじって、電話をかけた。
「あの……」

「あぁ、病院ですね。失礼。」
そう言い置いて、要人さんは病院の玄関先まで行って電話の相手としばらく話してらした。

窓口に名前を呼ばれて、書類の提出を求められる。
要人さんが書いてくださってるんだけどなあ、と、視線を送る。

……目が合った。
ふっと優しい笑顔を向けられて、ドキッとした。

電話を切った要人さんが、急いで窓口に書類と保険証を出してから、私の隣に座った。
「すみません。お待たせしましたね。」

「いえ!こちらこそ、お手数おかけして、ごめんなさい。……あの、もう大丈夫ですので……。」
遠慮なく、行っちゃってください。

そう言おうとしてたタイミングで、ふたたび、窓口に呼ばれた。
「座っててください。」

立とうとした私の肩に手をおいて、要人さんが代わりに行ってくださった。
触れられた肩が熱く感じた。


大人だなあ、と、スマートな後ろ姿に見とれる。
義人くんは成金って言ってたけど、これだけ立ち居振る舞いも綺麗なら遜色ないじゃない。
……まあ、強引とは思うけど、親切だし。
要人さんの仕立てのいい隙のないスーツを見てると、普段着で来てしまったことをちょっと後悔した。

「社長。荒井が到着しました。」
いきなり背後から、落ち着いた男性の声がした。

びっくりして振り返ると、いかにも切れ者といった風情の人が立っていた。
要人さんは窓口で薬剤師さんの話を聞きながら、振り向きもせずに片手を上げた。

薬の袋を2つ持って、要人さんが戻ってきた。
「痛み止めと抗生物質です。化膿しないように抗生物質は欠かさず飲んでください。」

そう言いながら、私に薬の袋と保険証を返してくれた。
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