カフェ・ブレイク
始業式の朝、まだ鍵の開いていない保健室の前に義人(よしと)くんがいた。
「あら、早いわね。おはよう。どうしたの?怪我した、わけじゃないよね?」
養護教諭らしく一応そう聞いてみたい。

義人くんは、眉をひそめた。
「怪我したんは、夏子さんやろ?大丈夫なん?3針縫うたって聞いてんけど。」

「……正確には、ホッチキス3針だけどね。」
要人(かなと)さんに聞いたのかな。

保健室の鍵を開けて、部屋に入る。
義人くんが心配そうに私の右手を両手で包み込んだ。
「痛い?」

……そんな顔して見ないで……恥ずかしくなる。
「最初は痛かったけど、薬も飲んでるし大丈夫。」

そう言ってみたけど、義人くんの愁眉は解かれなかった。
「何でそんな怪我したん?……何で、俺の父親が絡んでるん?」

せ、説明しづらい……。
詳しいことは何も聞いてないらしく、心配と不安と焦燥感を抱いてるようだ。
とりあえず、当たり障りないように言葉を選んでみる。

「私の部屋のベランダから、要人さんの会社の中庭の桜が見えることに気づいて、お花見気分でベランダで紅茶を飲んでたの。日曜日だし誰もいないと油断してたら要人さんがいらして目が合って、焦ってティーカップを落として割ってしまったの。その時にザックリ。」

……要人さんが義人くんに似ててドキッとしたとか、気恥ずかしいことは省いてみた。
でも義人くんは途中から明らかに不機嫌になった。

理由に思い至らず、義人くんの目を覗き込むように窺い見た。
義人くんが皮肉っぽく言った。

「『要人さん』……ね。」

あ!
それか!

「『竹原くん』『竹原さん』って呼び分けてたら、ややこしいから名前で、って言われたの。義人くん、って勝手に呼んでたけど、気に入らなかった?」
要人さんにはなるべく触れずにそう聞いてみた。

「気に入らんわ。俺はええけど、あいつは、せいぜい『義人くんのお父さん』やろ、普通は。図々しく、夏子さんに、自分のこと売り込みやがって。むかつくわー。」

……親子で何を張り合ってんだか。

「はいはい。親子喧嘩はお家でやってよね。」
そう言いながら着てきたジャケットを脱いで、白衣を羽織った。

竹原くんがスッと目線をはずしたのが、目の端に映った。
少し頬が赤くなっていた。
……やだ……別に下着が透けるようなブラウスを着てきたわけでもないのに……そんなに意識されると、こっちまで……。

私は紅潮した頬を見せないように、パーテーションの向こうへ行き、鞄やジャケットをロッカーにしまった。

「夏子さん……あいつはあかん。」

いつの間にか、義人くんがすぐ背後に来ていた。
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