カフェ・ブレイク
よくよく見ると、とっくに始業時間……今日の場合は始業式の始まる時間は過ぎているようだ。

この学園のここのキャンパスには、小学校と中学校と高校が隣接し、一部の校舎は共用しているため、中学校では始業と終業のチャイムが鳴らない。

遅刻もサボりもかなり多いのだが、単位と試験の成績で何とかなるらしい。
義人くんは、成績もいいし、生徒会関係の役員もしているので、かなり融通が利くようだが、それにしても始業式に遅刻は目立つだろう。
……自業自得かしら。
私は少し意地悪な気持ちになっていた。


夕方、帰宅すると、すぐに呼び出し音が響いた。
また、か。
……絶対、私の帰るのを見張ってると思う……このタイミング。

日曜に怪我してから毎日、要人さんの秘書の原さんが、食べ物やお菓子を差し入れてくださる。
わざわざ上がって来ていただくのも気が引けるので、私はエントランスに降りていった。

案の定、原さんがかしこまって立っていた。
「こんにちは。毎日すみません。でも、もう本当に大丈夫ですので。今日で最後にしてください。」

そうお願いすると、原さんは慇懃無礼に言った。
「社長は、妙齢の女性に縫うほどの大怪我をさせてしまった罪滅ぼしをしたいのだと思います。ご迷惑でなければ、どうかお受け取りください。」

「……迷惑ではありませんが……申し訳ないです。」
毎日毎日、本当に美味しいお料理を届けてくださる。
例のイチゴのスープとは次元が違うレベルのものばかりのようだ。

困ってる表情をキープして受け取るのをためらっていると、原さんが仰った。
「それでは、直接、大瀬戸さまが社長にそう仰ってはいかがですか?」

「……よろしいのですか?お忙しいのでは……」
原さんは、まるで準備していたかのような笑顔を向けてくれた。
「今日は会食もありませんし、まだ会社に残っております。……大瀬戸さまがお元気な顔をお見せくださると、安心すると思います。」

……何だかものすごく違和感を覚えた。
17時はとっくにまわってるとは言え、平日の会社なんて、まだまだ社員がいっぱいいらっしゃるだろうに。
そんなところに、のこのこと社長秘書と行けない。

どう返事をしようか悩んでいると、背後からグイッと引っ張られるように抱きつかれた。
腕の高さと細さ、洋服で、振り向かなくても義人くんだとわかった。
「あかーん。俺と約束してるし。てか、本当に心配なら呼びつけへんやろ。」

「はいはい。わかってるから、離れてくれる?」
片方ずつ、義人くんの腕をほどいて逃れる。

チッ……と小さな舌打ちが聞こえた。

義人くんじゃなくて、すました顔の原さんのほうから。

こわっ。
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