カフェ・ブレイク
原さんの舌打ちはちゃんと義人くんにも聞こえてたみたい。

義人くんは、はじめて見る表情だった……挑戦的というか、好戦的というか。
「原さん。それ、夏子さんの夕食?ありがとう。」
かなり強引に義人くんは紙袋を奪った。

「……義人さんの分は準備してませんので、お早めにご帰宅ください。奥様がご心配されますので。……では、大瀬戸さま、失礼します。また明日。」
言いたいことだけ言って、原さんが帰ろうとした。

「あの、明日にはホッチキス抜いてもらいに行きますから、もうけっこうですので~!」
早くも背中を向けてマンションのエントランスを出ようとしてる原さんにそう声をかけた。

原さんは、振り向いて、深々とお辞儀をすると、尊大に頭を上げて去って行った。

……めっちゃ怖いんですけど……。




「原さん、怖かった……」

部屋に入ってからそうつぶやくと、義人(よしと)くんは肩をすくめた。
「あの人、中身はインテリやくざやから。……でも、俺の父親はもっと怖いって。」

「なんとなく、わかった気がする……」
さっき感じた違和感。
要人(かなと)さんは、まるで蜘蛛のように巣を張って私が行くのを待っているような……そんな錯覚を覚えた。

義人くんは、ガサガサと紙袋から折詰を出しながら言った。
「夏子さんは、いかにも流されやすいからな~。あっさり狡猾な中年の餌食になりそうで、怖いわ。……悪いこと言わへんから、俺にしとき。」

……飄々と何を言ってんだか。
「まあ、流されやすいのは確かね。好きでもない人に流されて結婚して1年で離婚しちゃったぐらいだし。……悪いこと言わないから、私なんかやめておきなさい。君なら、これからいくらでもかわいい綺麗な女性をよりどりみどりでしょ。」

もちろん自慢することでもないけれど……本気で近づき過ぎないように、そう牽制した。
でも、義人くんは顔色ひとつ変えなかった。

折詰を開けて、鮮やかに煮た車海老を摘まんで私の口元に運んだ。
「これ、うまそう。はい、あーん。……知ってたで。離婚。……体育のたっくんが、夏子さんに距離置いたんはそのせいや。静かになって、せいせいしたやろ?」

え?

驚いて半開きの口に、義人くんは強引に車海老を突っ込んできた。
少しだけ噛み契って咀嚼した。

……やっぱり薬剤師の和田先生……おしゃべりだわ。
「あ、そう。……知ってたの。でも知ってて、こんな……。」

そう言ってから、ハッと気づいた。
そっか。
バツイチだから、遊びやすいんだ。

適齢期の女性でも、一度結婚に失敗して慎重になってるから……義人くんみたいな遊び人にはむしろ都合がいいのか。
……なーんだ。
そういうことか。
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