カフェ・ブレイク
義人くんは私の噛み契った残りの海老を自分の口に入れた。
「うん。美味い。次、何がいい?」

「……自分で食べるわよ。」
「右手使えへんやん。」

……別に……スプーンやフォークで食べられるし。
何となく意地になって口をつぐんだ。

義人くんは、肩をすくめて、折詰をテーブルに置いた。
「夏子さんは俺がガキやから対象外なんやと思ってたけど、違ってんなあ。俺、てっきり年の差の問題やと思って、3ヶ月も無駄にしたわ。」

折詰に蓋をして紅白ゴムでとめてから、義人くんは、改めて私のほうを向いて、居まいを正した。
「ほな、話が前後するかもやけど……俺、塾で他の子と勉強するよりも、1人、もしくは家庭教師と勉強するほうが捗るし、好きやねんわ。」

……いきなり、何の話?

「中学受験の時には、準備期間が短かかったから、現役京大生にスパルタ教育受けてんけど、合格してしもたら詰め込む必要はないやん?せやし、中1になってからは、英語と中国語を話せる帰国子女の女子大生に語学だけ教えてもらうことにしてん。」

あ……女子大生って……もしかして……

「したら、家庭教師と父親が不倫しててん。信じられへんやろ?あの鬼畜。」

まさか濡れ場は自宅じゃないわよね?……奥様もいるわけだから……
「お盛んなのね……」
どう言えばいいかわからず、変なことを言ってしまった。

義人くんは、顔をしかめた。
「ええ歳こいて猿かっちゅうねん。去勢したりたいわ!……ゴールデンウィークに2人の関係に気づいて、めちゃめちゃショックやってんけどな……まあ家庭教師かて20歳過ぎたオトナやし俺がどうこう言う筋合いはないって我慢しとってん。でも、家庭教師が父親に本気になってしもてな。」

……切ない話。
さすがに、この歳になると……周囲に不倫してる人はけっこういるので、頭から否定するつもりはない。
まあ、小門さんと玲子さんも不倫と言えば不倫だし。
でも2人のように、本妻さんを置いて、一緒に生きてくなんて、稀なケースだと思う。
結局、悲恋で終わることが多いのに……どうして好きになっちゃうんだろう。

……必然的に、章(あきら)さんが小門さんの本妻さんに向けていた瞳を思い出してしまった。
あ、やばい、泣きそう……。
鼻をすすった私を気にしながら、義人くんは続けた。

「父親はあっさり家庭教師を捨てたわ。そのせいで家庭教師は鬱になってしもて……夜中に突発的に自傷を繰り返して。」

自傷って……手首を切るとか?
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