カフェ・ブレイク
「単に刃物で手首を切ったところで、出血多量になる前に普通は血が止まるってことはわかってるらしいから、本気で死ぬ気はないと思うんやけど……ほっとけへんかってん。」

「そのかた、あの寮にいらしたの?」
義人くんは無言でうなずいた。

「毎晩?見張ってたの?」
「いや。寮の人らと交代で、それとなく?ついでに英語と中国語も教わり続けられて、むしろラッキーやったと思ってるけど。」

……ラッキーって……。

「そのかたのこと、好きだったの?」
さりげなく聞いたつもりだったけど、少し声が震えた。

義人くんは、ぷるぷると首と手を横に振り続けた。
「ないないない!なんで、父親にのぼせてる女に!むしろ憎たらしかったわ。母にバレへんかヒヤヒヤしてたし。……父親に捨てられてからは……哀れやったな。」

……義人くん、優しいのか冷たいのか、よくわかんない子だわ。
でも、私のなかに住み着いていた義人くんへの不信感は霧散していた。

「せやから、俺、あそこに毎晩夜遊びしに行ってたんちゃうし。」
義人くんの瞳に熱がこもった。

「……でも、元服も初陣も済んでるって……」
そう言いよどむ私の手を、義人くんはそっと取った。
「うん。それは否定しいひん。けど、特定の相手はいいひんから。こんなにも、会いたい、一緒にいたい、守りたいと思う女性(ひと)も、家族以外では初めてや。」

触れられた手も、見つめられた顔も、火がでるんじゃないかってぐらい熱く感じた。
……やばいかも。

マジで、中学生に流されそう。
イロイロと気にはなるけど……


私はしばらくしてから、苦笑した。
「特定の相手じゃない遊び相手はいるのね。」

そうからかうと、義人くんは狼狽した。
「や、それは……」

「いいわけする必要ないわよ。……ちゃんと避妊具はつけなさいね。妊娠させても、病気がうつっても、厄介だから。」
養護教諭らしく?そう言ってみた。
……かくいう私自身は相手任せに流されてきてるから、そのあたりの意識は希薄なんだけど。

義人くんは、私の顔をジッと見て、肩を落としてため息をついた。
「すげ~他人事。てか、子供扱い。」

「……そう?少なくとも君の性行為を否定してないんだから、子供扱いはしてないつもりだけど。」
拗ねた瞳がかわいくて、勝手に頬がゆるんだ。

私のほほ笑みをどう解釈したのか、義人くんは無言で立ち上がった。
怒ったのかしら。
「帰るわ。」

「……そう。気をつけて。」

玄関へと向かう義人くんを見送ろうと、私もリビングを出た。
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