カフェ・ブレイク
スンッと小さく鼻をすする音がした。
驚いて上を向くと、義人くんの目が潤んでいた。

同じ気持ちになっていたのかしら。
ほほ笑んでみせたけど、私の両目尻にも涙がつたい落ちた。

義人くんは少し眉根を寄せて、せつない顔になった。
唇が近づいてくる。

ドキドキして待ったけれど、義人くんの唇は私の目尻とまぶたにそっと押しつけられた。
……くすぐったくて心地いいけれど……

続きを期待してたのに、義人くんはそれっきり。

そっと私を手放すと、悲しそうに言った。
「夏子さん、ほんま、流されやすいね。それに、ずるい。」

言葉の冷たさに驚いて、思わず後ずさりした。
迫られて、責められてしまった……。
どういう意味?

「俺、また勘違いしていまいそうやわ。」

勘違い?
……それって……

「勘違いはしてないと思うけど、誤解はしてそうね。」
そう言うと、義人くんは顔をしかめた。
「それ、どういう意味?」

「さあ?何でしょう?……頭を冷やして、考えて。」
肩をすくめて見せてから、ドアの鍵を開けて戸を開いた。
「とりあえずココはまずいから、出て行ってくれる?」

義人くんは口惜しそうな顔をした。
「今日はカウンセリングルーム、休みやんなあ?ほな、続きは、夏子さんの部屋?」

「ちょっと!」
慌てて、一旦開けた戸を閉めた。
「誰かに聞かれたらどうするの。」

「……ごめん。」
しゅんとして謝ってから、義人くんはため息をついた。
「やっぱり、俺、あかんわ。高校生になって、多少は大人になったで~!って言いに来たつもりやのに、全然、余裕ないみたい。こんなはずじゃなかってんけど。」

「……馬鹿ね。」
最初から、背伸びする必要も、意地を張る必要もないのに。

「ほんま、あほやと思うわ。でも、さっき、2年ぶりに夏子さんに触れて、積み上げてきたもんが全部どっか行ってしもた。……俺、何のために我慢しててんろう。」
頭を抱えてしゃがみ込んだ義人くんが、ただ愛しく感じた。

「客観的に見ても、かっこよくなったと思うよ。」
そう慰めると、義人くんはチラッと私を見上げた。

「何で、『客観的』なん?夏子さんには?まだガキ過ぎて対象外?」
私は義人くんと同じようにしゃがみ込んで、顔を覗き込んだ。

「だから、誤解だってば。……ずっと後悔してた。義人くんのプライドを傷つけるような言い方してしまったこと。たぶん、私も余裕がなかったの。認めたくなかったけど2年前、義人くんにすっかり翻弄されてた。対象外なんて思ったことないわよ。」

義人くんははじけるように顔を上げた。

「じゃあ、さっきの……勘違いじゃなかった?夏子さんも?」

とても抽象的な質問だけど、私はうなずいた。
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