カフェ・ブレイク
店内に流しているのは、バッハのコーヒー・カンタータ。
お客様同士が話をするようならボリュームを下げるのだが、なっちゃんは黙ってじーっと俺の手元を見ているので、そのままにしておいた。

「珍しいですか?」
ミルのハンドルを手で回して、ゴリゴリと豆をひきながらそう聞いた。

「はい。お店だと普通は電動ですよね?」
なっちゃんの言葉にうなずく。
「そうですね、普通は。でも、うちは、こだわりのお店なので。」

なっちゃんは不思議そうに見入っていたが、思い出したようにグラスの水に口を付けた。
ハッとしたように、なっちゃんが顔を上げた。
「これ、機械のお水じゃないですよね!?すごく美味しい!」

……水道水じゃないことだけじゃなく、電気分解水や浄水器を通したわけではないことまでわかったのか。
鋭い子だな。

「よくわかりましたね。このあたりには六甲山系からの伏流水がたくさん湧いてるんですよ。しかもうちには井戸があるからいつも美味しい新鮮な水を、どうぞ。もちろん、しょっちゅう検査してますから安心してくださいね。」
……てゆーか、俺のじーさまは、この水の出る井戸が気に入ってココにわざわざ喫茶店を出したのだ。

「灘の宮水と同じですか?」
「同じ六甲山系だけど、灘の宮水は夙川の伏流水。夙川、芦屋川、住吉川、石屋川、都賀川、生田川……これだけ川があれば、やっぱり味は違うようです。」

ネルドリップで丁寧に入れたコーヒーを、なっちゃんの前に出す。
「どうぞ。」

「いただきます。」
そう言って、なっちゃんはコーヒーカップを手に取って、香りを嗅いだ。
「甘~い。」

ネルの後始末をしながら、俺は彼女が口をつけるのを待っていた。

「……美味しい。」
なっちゃんの陶然とした表情と素直な感嘆に、俺は心の中でガッツポーズをする。

「その言葉を聞きたくて、店を続けてるんですよ。なっちゃんのお口に合ってよかったです。」


店のドアが不意に開いた。
「ただいまー。」
そう言いながら入ってきたのは、中学の頃からの悪友の小門成之(こかどなるゆき)。
仕事帰りに毎日寄ってく、まあ、常連さんだ。 

「ただいま、じゃねーよ。うちに寄るぐらいなら、本宅に顔出してやれよ。」
小門の顔が皮肉気に歪んだ。
「また、それ?意地悪いわー。俺、今日は落ち込んでるから、他のお客さんと同じように優しくしてーな。」

そう言ってから、小門は店内をぐるっと見回し、最後にカウンターで身を小さくしてるなっちゃんに会釈した。
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