カフェ・ブレイク
「じゃ、俺、行くわ。ごちそうさん。……これから当分仕事漬けになるからさ、ココが開いてる時間に帰れんと思う。」
小門はそう言って、コートを着込み、財布を出そうとした。

「いや、コーヒー代はいいわ。朝飯の仕上げやから。……まあ、いつでも来いよ。夕べはお前、ソファで寝ちまったけど、客用布団もあるから。」
俺がそう言うと、小門は泣きそうな顔になってうなずいてから出て行った。
無理しすぎて、身体、壊すなよ。


その日は、店を開けてからも身体が重くてしんどかった。
うちは常連さんがほとんどなので、俺の様子がいつもと違うことは、お客様にバレバレ。
「マスター、風邪ちゃうか?」

商店街の世話焼きマダムが、一旦、自分家(ち)に戻って、わざわざ体温計と風邪薬を持ってきてくれた。
渋々、検温すると、38度超えていた。

……ソファで寝ちまった小門じゃなくて、いつも通りちゃんとベッドで眠った俺が風邪を引くとは。
情けないな。
とりあえずお薬をいただきマスクを装着。
店のドアに掛けた「OPEN」のプレートをひっくり返して「CLOSED」にした。

昼過ぎに店内にいらしたお客様が帰られると、脱力。
帰ろう。
水を触るとまた熱が上がりそうだったけれど、洗い物だけは済ませて店を出た。
何となく、寒気がしてきたかも。
まだ熱が上がるのかな。

フラフラする。
……思えば、この時に病院に行けばよかったのかもしれない。
でも俺は、家で寝てりゃ治るだろうとタカをくくって、まっすぐマンションへと戻った。

エレベーターが動き出す……やばい。
吐き気がする。
気持ち悪い……。

俺はうずくまって、じっとしていた。
スピードが緩やかになり、途中の階で止まるようだ。
誰かが乗ってくるのか?

……普通、マンションの住人は1階と自分の住む階の行き来しかしない。
なので、上の階へと上がっている時に、途中で降りる人はいても、途中から乗ってくる人はあまりいないのだが……珍しいな。

虚勢を張って立ち上がろうとしたら、エレベーターのドアが開く前に、声が飛び込んできた。
「章(あきら)さん!大丈夫ですか!?」

……なっちゃん?
俺はちょっと安心して、立つのを辞めた。
「……ちょっと、しんどい。」

エレベーターに乗り込んできたなっちゃんは、俺のそばにしゃがんで額に手をあてた。
その手の冷たさに、俺の背筋がぶるっと震えた。
「すごい熱……」

……寒い。
ガタガタと身体が震えだす。

「救急車、呼びますか?」
なっちゃんにそう言われて、俺はぶるぶると首を横に振った。

薬飲んで、寝たら、治る……そう言ったつもりだったけど、声にならなかったようだ。

自分の息が荒いことに、改めて気づいた。
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