カフェ・ブレイク
……やれやれ。
義人くんが否定しても、私は確信めいたものを感じていた。

この子がただ数を誇る漁色家(カサノヴァ)じゃなくて、本当に好きな相手にどれだけ尽くすかを、私は身をもって知っている。

とても愛しく、嫉妬も感じるけれど……それ以上に、心配。
義人くん、本当に幸せになれるんだろうか。

ただ、他人のモノを欲しがるタイプのタブー好きならまだ救いがある。
私は、今さら、不倫や略奪愛を咎める気はないし、好きにすればいいとも思う。

でも、血縁関係のある妹や、男友達の舞台姿、そして父親の愛人(と勘違いし続けている!)にしか本気になれないとしたら……あまりにも不憫過ぎる。

あ、そうか。
いくら否定しても、私と要人(かなと)さんの関係を誤解したまんまなのは、義人くんの性癖ゆえかもしれない。

今さらながら、脱力するわ。
困った子。
でも、愛しい……。

「突き放すしかない、よな。」
暗い御所の森を眺めながら義人くんはつぶやいた。

「……優しく、ね。」
ずっと好きだったヒトとやっと結ばれて幸せだろうに……。
たぶん橘さんとは話したこともないけど、不憫でしかたない。

でも義人くんは、かぶりを振った。
「偽善やろ。……百合子のためにならんわ。」
その悲痛な顔を見ると、私はそれ以上義人くんに何も言えなくなってしまった。

ただ、ふんわりと抱きしめて、額に口付けた。
「子供扱いしてる。」
義人くんはちょっとくやしそうにそう言った。

「……橘さんもつらいだろうけど……君のほうがきついだろうから。」
そう言って、義人くんの頭を撫でたり、背中をさすったりしてみた。

義人くんは黙ってされるがままになってたけれど、ちょっと泣いているようだった。
私は……ただ、愛しかった……。



夏休みに入ってすぐの夕方、ふらりと義人くんがやって来た。
「こんな時間に珍しいわね。まだ明るいわよ。」
玄関のドアを後ろ手で閉めるなり、義人くんは無言で私を抱きしめた。
……何か、つらいことでもあったかな?

「夕食、食べてく?」
「……今日はすぐ帰る。」

じっとりと汗ばんだ義人くんの熱……珍しいな。

「シャワー浴びる?」
「あ、ごめん。岡崎から歩いて来たから。……俺、汗臭い?」

慌てて私から離れようとした義人くんの身体にぎゅっとしがみついた。

「大丈夫!好きな匂いよ。ホッとする。でも珍しいわね。外、暑いのに。」
義人くんはしばしの躊躇のあと、自嘲的に言った。

「頭冷やしたくて。……天罰が当たったわ。百合子との別れ話を、由未に聞かれた。」

……あらららら。

それは、義人くん的には最悪ね。
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