カフェ・ブレイク
やれやれ。
義人くんが言うように、確かに私は流されやすいけど、ここまでお粗末な茶番につきあってあげるほど心は広くない。

「行き違いがあったようですから、私はこれで失礼いたします。」
早々に辞去しようとそう挨拶して立ち上がった。

「大瀬戸先生!」
慌てて吉永先生が前に飛び出してきて、私の両腕を掴んだ。
大きくてごっつい手は、振り払ってもびくともせず……恐怖感すら覚えた。
下手にこじらせてストーカーにでもなられたら怖いかも。

たじろいだ私を、吉永先生は真正面からじっと見つめた。
「大瀬戸先生!お願いです!私と結婚してください!あなたしか、考えられないんです!」
眼力の強さと暑っ苦しいほどの熱情が押し寄せてくる。
……今までのように照れてもじもじばっかりしてないで、最初からこんな風に力強く迫って来られたら……私は流されていたかもしれない。

もう遅いけどね。
私は首を横に振った。

「とても勤まりません。失礼します。」

さあ。
本気で新しい勤務先、探さなきゃ。



「吉永家住宅の銘木は如何でしたか?」
夕方、要人(かなと)さんが料亭の折詰を手土産に訪ねてらした。

……どこから聞いたのかしら。

「それが、全く見てないんです。御両親が怖かったことぐらいしか記憶にありません。」
すると要人さんは肩を震わせて笑った。
「それじゃ、夏子さんは縁談を断ったんですか?……居づらくなりませんか?」

本当にこの人はどこまで知っているのだろう。
私は、無理やり苦笑して見せた。

「どっちみち今年1年のつもりでした。明日から針の筵かもしれませんね。退職、早まるかも。」
要人さんは眉をひそめた。 

「夏子さんは本当に……物わかりがよすぎる。いや、諦めるのが早いのか……もともと無欲なのか……」

「執着すると別れがつらいから。京都を離れる潮時と思っています。……あと1年そばで成長を見てたかったんですけどね。」
義人くんの名前を出さずとも、要人さんは理解してくれていた。

「愚息は夏子さんと結婚したいそうですよ。」
要人さんは笑いを含んだ声でそう言った。

……義人くん……本気でそんなこと言ってるんだ。
私はため息をついた。
「すみません。やっぱり私、早々に消えたほうがいいみたい。」

「そうですか?」
「……そりゃそうでしょう。釣り合いませんから。」

要人さんは、両手を組み合わせて膝に置き、おもむろに私を見た。

「この5年間、あなたを見てきました。私なりに、夏子さんを理解しているつもりです。あなたは、愚息を可愛がってくれてはいるが……あれのお守を一生する気には、どうしてもならないようですね。」
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