カフェ・ブレイク
「仮免ゲーット!ドライブ行こー。蛍見に行こー。」
夜に義人くんがやってきて、そう誘った。

「……まさか、私の車を運転する気じゃないでしょうね?君、オートマじゃなかった?てか、本当にちゃんと勉強してるの?」
義人くんは、肩をすくめた。

「してるって。大丈夫。それより、なあ、蛍!あ、俺、オートマ限定じゃないから。ミッションいけるし。試させて。」

「……ちょっとでも不安感じたら、運転チェンジするからね!」
どこへ行くのかと思ったら、義人くんは哲学の道を目指すらしい。

「近過ぎて、ドライブって気がしないんだけど。」
シートベルトを締めてから、足元を確認してる義人くんは緊張した面持ちで言った。

「俺、公道はじめてやもん。右折マジ怖いし。とりあえず、今日は哲学の道。次は山科。その次は亀岡、守山、養父……いっぱい見に行こう。」
キュンとした。
そんな風に先の予定を立ててしまって……受験生なのに……でも、やっぱりうれしい。

義人くんは、最初こそガチガチだったけれど、あっさり馴れたようだ。
「教習所の車よりおもしろいわ。」
と、愛車をほめられて、私はうれしくなった。

……んだけど……どんどん気持ち悪くなってきて……
吐きそう。
ううん、違うな。

目の前が暗い。
耳もボワッとしてる。
……あ、そっか。
これ、貧血だ。

「夏子さん?酔った?」
目を閉じてジッとしてる私に気づいた義人くんが、車を停めた。

「ごめん。貧血みたい。すぐ復活するから……ちょっと待ってて。最近多いの。鉄分不足してるのかな……」

自分の言葉にハッとした。
……このところずっと感じてた身体の違和感。

もしかして……妊娠した……。



まるで、幸せなおとぎ話かファンタジーだ。
愛しい……この愛しいヒトの子供が、私のお腹の中に宿っているなんて。
これ以上の幸せはない。
私は、言いようのない喜びにうち震えた。
目を閉じていても、涙があふれ出た。

「夏子さん?しんどい?病院行く?帰る?」
目を開けると、義人くんが心配そうに覗き込んでいた。

「……大丈夫。笑ってて。義人くんの笑顔が好きなの。」
突然そんなことを言いだした私に、義人くんは慌てたらしい。
私の頬や額をペタペタと触った。

「なんや。熱あるやん!しんどいんやったら、先に言うてくれたらいいのに。今日は帰ろうか?」
……そっか……高温期のままなんだ。
「大丈夫。ねえ。歩こうか。もうそんなに遠くないでしょ?」

窓の外は、街灯もまばらで暗い。
最寄りの駐車場に車を駐めてもらって、外に出た。
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