カフェ・ブレイク
「こんばんは。あの、折り入ってご報告というか、ご相談というか……お話しさせていただきたいのですが、近々お時間をとっていただけないでしょうか?」

しばしの沈黙の後、要人さんは言った。
『わかりました。会社じゃないほうがいいですかね。一席設けましょうか?それとも、夏子さんのお部屋がいいですか』

「すみません、それではうちに来ていただけますか?」
『……では、明日の夜、お伺いします。』
「ありがとうございます。お待ちしています。では……」
と電話を切ろうとしたけれど、呼び止められた。

『あ、夏子さん。』
「はい?」
『ご自愛ください。』

ただの挨拶のはずなのに、既に要人さんは全てをご存じなのだろうと思えてしまう。
怖い……本気で怖いわ、要人さん。
絶対に敵に回したくない。
わかってもらわなきゃ。


翌日、要人さんは麻のスーツでいらっしゃった。
「はい、手土産。適当に選んでもらいましたが……お口に合うものありますか?」

大きな紙袋に、いろんなお店の折詰。
ノンカフェインの紅茶……ノンカフェインのコーヒー。

「……何で?……いつもお見通しなんですね。」
苦笑したけれど、涙がこみ上げてきた。

「まあ。流れを読むのが私の仕事ですからね。聞くまでもないでしょうが、愚息の子を身籠もられたんですね?」
「はい。申し訳ありません。」
「……いや、十中八九、愚息は確信犯でしょう。こちらこそ、すみません。親として謝罪させてください。……で、どうされますか?夏子さんの気の済むようにサポートいたします。」

怖い人。
本当に、義人くんのことも、私のことも、よくわかってらっしゃるんだわ。

「ご想像の通りです。義人くんにも、要人さんにもご迷惑をかけたくありません。1学期いっぱいで退職することになりました。何も告げずに夏休み中に義人くんの前から姿を消します。要人さんには、義人くんが私を探したり、受験勉強をおろそかにしないように、ご助力いただけませんか?」

涙がこぼれたけれど、ちゃんと言えた。
要人さんは、悲しそうにほほ笑まれた。

「……本気で、お一人で出産して育てる気ですか?夏子さんだけの子供じゃないのに?……愚息には知る権利も、育てる義務もあるのに?」

「すみません。私のワガママですね。義人くんの未来を子供で縛りたくないんです。」
キッパリとそう言って、顔を上げた。

また一筋、涙が頬を伝って流れ落ちた。
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