カフェ・ブレイク
「さっきの、何?由未のこと?」
「……あらあら、挨拶もなし?……へえええ。ほんっとに、妹さんが大事なのね。」
敢えてニッコリと笑ってそう言ってみた。

義人くんはばつが悪そうな顔をしたけれど
「こんばんは、夏子さん。今日、由未と一緒やったん?」
改めてそう言った。

私はゆっくりとお茶を入れながら事の顛末を話した。

「つまり、由未は佐々木和也という神戸の高校1年生のサッカー部員に惚れたってこと?」
憮然として義人くんは確認した。

「そうなるわね。心配?……君みたいにチャラい子じゃなかったわよ。精悍でかっこよかったわ。」
ここぞとばかりにそう言った私に、義人くんは顔をしかめた。

「夏子さん、完全に楽しんでる。もう!俺、マジで心配。しかも神戸って!遠くも近くもないやん。」
「……そうね。彼恋しさで神戸まで通っちゃうかもね。ふふ。恋する乙女って強いもんね~。」

義人くんは黙りこくってしまった。
あらら、固まっちゃった。
私は義人くんの整った顔立ちを眺めながら、ノンカフェインの紅茶を飲み干した。

「どんな奴?」
真剣にそう聞いた義人くんに、私は苦笑した。

「だから、カッコいい子よ。一年なのにスタメンだし、強いんじゃない?お弁当を台無しにされた由未さんに、パンとポカリを届けに走って来たの。」
「ふぅん……。ゲームいつって?ちょっと、ドライブがてら、観に行ってみようかな。」
「明日が開会式で、明後日が佐々木くんの一回戦。」
「明後日、か。……わかった。夏子さんもいるん?」

本気で来るわね、これは。

「いるわよ。……もちろん君1人じゃなくて、妹さんも連れてってあげなさいよ。」
義人くんは憮然とした顔でうなずいた。

その夜、いつものように寝落ちしてしまいそうになっていた義人くんをたたき起こして帰宅させた。
「ほら!今日は帰りなさい!妹さんの相談に乗ってあげなさいよ。」
「ん~。わかったけど。シャワー浴びさせて。」
……Hの前にも浴びたけど、今また汗だくの義人くんに、心の中でごめんねと謝った。

今年はエアコンの設定温度をいつもより高く固定しているから……たぶん義人くんにはかなり暑いはず。

「あ、そうや。週末、遠出しいひん?新車が届くねん。夏子さんに、最初に助手席に乗ってほしいな、って思って。」
帰り際に、義人くんはそう言った。

「週末……ね。わかった。」
胸がズキンと痛んだ。
……その日、既に私は京都にいない予定だ。

「新車、どんな車にしたの?スポーツカー?」
「んー。当日まで、内緒。あ、オートマちゃうで。」
「そっか。ま、君なら問題ないでしょ。安全運転でね。」

笑顔でそう言って、義人くんを見送った。
あと何回、こうして一緒に過ごせるのだろうか。

もしかしたらこれが最後かもしれない。
……そう思うと義人くんの背中が消えるまで、まばたきもできなかった。
泣いている暇はない。
目に焼き付けておきたかった。
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