カフェ・ブレイク
「大瀬戸先生。生徒が捻挫したようです!」
役員の先生が携帯電話を耳に宛てたまま、私にそう言った。

「あ、はい。わかりました!小門さん、ちょっと待っててください。……それとも、もうスタンドに行かれませすか?」
「いや。待ってる。……なっちゃん、結婚してないんだね。」

小門さんはニコッと笑ってそう確認した。
ドキッ!とした。
一瞬の逡巡の後、どうせバレるんだから、と開き直った。

「結婚はしません。でも子供を産みます。」
豆鉄砲を食らった鳩の顔ってこんな感じかしら。
小門さんの顔を見て、自然と笑顔になってしまった。

運ばれてきた選手の子に簡単な手当を施してから、小門さんのもとに戻った。
「事情は聞かないほうがいいのかな?」
ためらいがちにそう聞かれた。

「ココではちょっと。……近いうちにお訪ねしますので、その時に。」

「そう。……古城も独りだよ。お父さんが亡くなって、忙しくしてる。……あいつのところに戻ってやる気は、ない?」
さすがに驚いた。

「……他のヒトの子供がいるのに?」
「たぶん、関係ない。あいつがココまで引きずってるのって、真澄となっちゃんだけだから。」
真澄、って、呼び捨てなんだ……と、ちょっと驚いた……まあ、戸籍上は今も奥さんなんだけど……意外な気がした。

「事情が違いますよ。頼之くんは親友の息子さんでもあるんだし、かわいいでしょうけど。」
気持ちを押し殺してそう言ったけれど、ちょうどいいとも思ったので小門さんに聞いてみた。
「あの……お部屋、余ってますかねえ?章さんのマンション。」
「住むとこ探してるの?そりゃ売るほどあるよ。……古城に言っておくよ。いつでも連絡して。」

第1試合が終了した報告が入って来たのを見て、小門さんは片手を挙げて踵を返した。
「じゃ。お互いイロイロあるけど、がんばろ。応援するよ。」
小門さんの、何一つ変わらない優しさが心に沁みた。

要人さんも、小門さんも、応援してくれるってよ。
私はお腹に手を当てて、まだ小さな我が子に心の中で話しかけた。



第2試合の終わる頃、急に両目を手で覆われた。
目隠し?
……一瞬驚いたけれど、ふわりと近づいてきた香りですぐにわかった。
義人くんね。

「あら、来たの。」
ときめく心を抑えて、敢えてクールにそう言った。

「ちょっとは驚いて~な。」
目元から手が離れてから振り返ると、義人くんがはにかんでいた。

「先生、おはようございます!お兄ちゃん!先、行くで!」

本部席の向こうで、妹の由未さんが真っ赤になってそう叫んで行ってしまった。
< 231 / 282 >

この作品をシェア

pagetop