カフェ・ブレイク
……玲子さんらしいけど……きつい。
さすがに義人くんが気の毒になったけれど、せっかく玲子さんが納得してくれそうなので私は黙って聞いていた。

玲子さんは私を抱きしめた。
「……損な性分ねえ、なっちゃん。もっと要領よく生きればいいのに……。」

「ワガママなんですよ……」
私が、義人くんにちゃんと妊娠を打ち明けたら、たぶん義人くんは私を拉致してでも放さないだろう。
そして、私が義人くんと生きることを決意したら、要人さんも快く迎えてくださるのだろう。
……それが要領のよい、幸せへの近道なのかもしれない。

でも、やっぱり私にはできなかった。
義人くんにこれからどんな未来が待っているのか、誰と愛し合い、生きていくのか……彼の輝かしい人生に私が汚点をつけるわけにはいかない。

どうしても、そんな風にしか考えられなかった。

玲子さんのためにランチを作って一緒に食べた後、近くのカフェでお茶をして、駅まで車で送った。
「それで、いつ帰って来るの?」
そう聞かれて、私は苦笑した。
「明日、仕事で遠出するのですが、そのまま逃亡する予定です。明後日には玲子さんを訪ねるつもりでした。」

「え……そうだったんだ……何だ……私、いてもたってもいられず飛んで来ちゃった……」
赤くなった玲子さんの手を取った。
「すごくうれしかったです。」

玲子さんは私に抱きついた。
「待ってるからね!」
「……はい。」

また涙がこぼれた。


その夜、義人くんがやって来た。
「君、ほんっとに受験勉強してるの?」
泊まる気満々な義人くんにちょっと怒ってみたけれど、義人くんは相変わらず自信たっぷり。
「大丈夫大丈夫。ね、それよりさ。週末、温泉旅館で1泊しない?」

そう誘われて、ちょっと困った。
……ただのドライブならすっぽかせるけど……旅館に迷惑がかかるのは……

「や~よ。義人くんが稼いだお金で連れてってくれるならともかく、それって要人さんのお金でしょ?パス!」
そういう言い方で、義人くんの自尊心を傷つけて断った。

義人くんはその時はくやしそうな顔をしていたけれど、その分ベッドで意地悪された。
「夏子さん、便秘やろ?これ。浣腸したげる。」
……最後の夜がコレって……。
便秘じゃないのに……。


早朝、義人くんをたたき起こして、一緒に部屋を出た。
「じゃあね、夏子さん。いってらっしゃい。お役目ご苦労さま。」
「ありがとう。義人くんは、ちゃんと受験勉強しなきゃダメよ。」

これが最後の言葉になる……。
なるべくいつも通りにそっけなく別れなきゃ。

何も知らない義人くんは、毎度のことながら後ろ髪を引かれてるらしく、名残惜しそうに私を腕にとらえたまま歩き、エレベーターの中でずっとキスしていた。

「はい!タイムリミット!」
エレベーターが1階に着くと、私は義人くんから身をよじって離れた。

淋しそうな義人くんを見ないように、先に出発した。

……涙を見せないためにも……そうするしかなかった……。
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