カフェ・ブレイク
煙草を吸って、コーヒーを飲んでから、やっと小門は話し始めた。
「なっちゃんのことだけど……」

「そっちかよ!」
てっきり頼之くんとの電話の話かと思っていた俺は、ついそう突っ込んでしまった。
慌てて咳払いして、取り繕う。

小門はそんな俺をからかうことなく、真面目に言った。
「これは玲子の提案なんだが、俺も悪くないと思ってる……なっちゃんを、マスターのお母さんに預かってもらうのはどうだ?」

は?

思ってもみなかった話に、俺の思考は完全にストップした。
「何で?」

やっとそう聞いたけど、小門はあっさりと
「心配だから。」
と言った。

「だからって……何で、俺の母なんだ?」
何で、俺じゃないのか……とは、さすがに聞けなかった。

「おばさん、旦那に先立たれて淋しそうだし、なっちゃんのこと気に入ってたし……ダメか?」

ダメじゃない。
ダメじゃないけど……俺は?

聞けないよな。

「まあ、ダメっつっても、玲子がもう『おばさま~!』って相談してるだろうけど。」
「マジか!」
「……冗談を言ってるように見えるのか。」

小門の口調は静かなのに凄みを感じた。
「マスターじゃ、埒があかないからな。急いでるんだよ。」
「急ぐって……」
「昨日の朝、マンションを出奔して、夕べは大阪のホテルに泊まったそうだ。引越業者が家財道具を運び出して預かってくれてるらしい。」

……出奔?

「なっちゃん、逃げてるのか?」

誰から?
お腹の子供の父親から?

「まあ、そういうことだ。妊娠したことを告げないで姿を消したらしい。携帯も解約して。……今頃、連絡がつかなくなったことに気づいて慌ててるんだろうな。相手の男。かわいそうに。」
しんみりそう言った小門を、俺はぼんやりと見ていた。

……頼之くんも大変なことになってるんだけどなあ。
まったく、なんだってこんなややこしいことになってんだろう。

「噂をすれば、だな。」
小門の声が優しくなった。
驚いて顔を上げる。

小門の視線の先……窓の向こうから、いかにも綺麗な女性が覗いていた。

「なっちゃん……」
「……苛立つなよ。」
低い声で小門が俺に釘を刺した。

俺は柄にもなく緊張して、唾液を飲み込んだ。

「こんにちは。ご無沙汰してます。」
恥ずかしそうになっちゃんが入って来た。

……美人だ。

いや、もともとなっちゃんはきれいな子だったけど……何ていうか、とても魅力的に見えた。

何だろう。
清らかな……聖女というか……

「いらっしゃい。……マスター?」
いつまでも見とれてボーッとしていた俺に、小門が声をかけた。
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