カフェ・ブレイク
慌てて俺は迎え出た。
「いらっしゃいませ。……いや、おかえり、かな。」

なっちゃんの頬が、すーっと熱をなくし、歪んだ。

やばい!
これは、泣く!

慌てた俺は、とっさに手を差し出した。
なっちゃんは、キョトンと俺の手を見た。

「……握手?」
小門が背後で不思議そうだ。

「いや、歓迎をどう表現したらいいかわからなくて。」
まさか、いきなり抱きしめるわけにもいくまい。

……てか、そんなこと、できるわけない。
犯すべからざる存在。

5年半ぶりのなっちゃんは、俺にはとても神聖に見えた。
俺の中で美化してしまったのか、なっちゃんがそれだけ美しくなったのか……両方ともかもしれない。

なっちゃんはクスッと笑って、手を差し出してくれた。
「ありがとうございます。不義理してたのに……うれしいです。」

手が触れた。
まるで静電気が発生したかのような、ビリリッとした衝撃が全身を貫いた。

俺は息を飲み、なっちゃんは……笑顔で涙をこぼした。
なっちゃんの涙なんか嫌になるぐらい見てきたのに、まるで一粒一粒がダイヤか真珠のようにきらめいてみえた。

おしぼりを取りに行くことも、ハンカチを出すこともできず、俺はただその涙に見とれた。

「マスター?入口で立ってないで、座らせてあげないと。」
小門がそう言って、なっちゃんを手招きした。

「ああ。ごめん。どうぞ。……コーヒー……は、やめといたほうがいいか。えーと、デカフェ豆でいい?」
なっちゃんは少し逡巡してから、渋々うなずいた。

「1日に1杯ぐらいなら問題ない、って言われても……何となく飲みにくいもんですね。5年半、純喫茶マチネのコーヒーが恋しくてしょうがなかったのに。」
ため息をついて、なっちゃんはカフェインレスのコーヒーを飲んだ。
「え!おいしい!なに?これ!」

驚いた顔に、やっと昔のなっちゃんの面影を見た気がした。
「美味しく入れてますから。それなら安心して飲めますか?」
営業スマイルなんかしなくても、勝手に頬が緩んだ。

かわいい、と、素直に思った。

「それで、あの……図々しいお願いをしに参りました。あの、どこか小さいお部屋、貸していただけませんか?お家賃は払います!」
シャキーン!と背筋を伸ばして、なっちゃんは俺にそう言った。

「……淋しいね。約束、忘れた?なっちゃんも、俺も、結婚してないんだけど。」
ものすごく自然にそんな言葉が自分の口から出たことに、内心びっくりした。

もちろん俺だけじゃない。
なっちゃんは、目が破れるんじゃないかってぐらい大きく見開いて、俺を見た。

小門の反応も、テーブル席のお客さまも気にならなかった。

まるで、世界になっちゃんと俺の2人きりかのように、俺はなっちゃんしか見てなかった。
< 240 / 282 >

この作品をシェア

pagetop