カフェ・ブレイク
そんな小門が頼之くんに呼び出されたのは8月の最終週。
純喫茶マチネのテーブル席を予約して、2人は対面した。

「何から言ったらいいのか……」
「いや、それはいいです。」
ずっと不在で父親らしいことをしてこなかったことを小門は詫びるつもりだったのだが、頼之くんはあっさり退けた。

困った小門が泣きそうな顔でこっちを見た。
「自己満足かもしれないけど、謝らせてやってよ。」
そう声をかけたけど、頼之くんは苦笑した。

「もう子供じゃないし、事情はわかってますから。充分なことをしてもらってるし、むしろ感謝してます。」

小門の涙腺が崩壊した。
「……ごめん……」
そう言うのが精一杯らしく、小門はうつむいて肩を震わせていた。

頼之くんは気まずそうに、早口で言った。
「あの、それで、車の話なんですけど……」

「うんうん。決まった?どうせなら頼之くんの乗りたい車がいいからね。どこの車がいい?」

免許を取るために教習所に通ってる頼之くんに、小門は車を買ってやるつもりらしい。

頼之くんは真剣な顔で、まだ涙が光る小門の目を見据えて言った。
「車種は何でもいい。ただ、安全性を重視したい。ボルボにタカタのベビーシートを付けてほしい。」

言った!

あおいちゃんのことをまだ知らない小門は、意味がよくわからないらしく、目と口を開いたまま、ぼーっとしていた。

……とりあえず涙は引っ込んだようだ。

小門は、定まらない視線で、こっちを見た。
他のお客さまの反応がおもしろくて、俺は笑いをこらえるのに苦労をした。

何も言えないまま、小門は手帳を取り出して、
「……ボルボ……タカタ……」
と、つぶやきながらメモした。

真面目な奴!

俺が笑う前に、頼之くんが笑い出した。

冗談だと思ったのだろう……小門は顔を上げた。
「あ、冗談?……だよね?ベビーシートって……」
「いや、それは冗談じゃないけど。すぐに必要やから、一緒にお願いします。」

頼之くんが慌ててそう言い直したので、一瞬戻った小門の顔色は一気に土色になった。
「必要って……いつの話……」

まだまだ先の話だと思いたいんだろうなあ……小門のつぶやきが痛々しかった。

「予定日は11月21日。あ、せやし、新生児用がいいんやけど。車も、納車に時間かかるようなのはいらんし。あるやつで。」

小門は頼之くんの言葉をちゃんと理解したのだろうか。

「11月21日……」

と気が抜けたようにつぶやきながら、手帳に記していた。
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