カフェ・ブレイク
頼之くんが去った後も、小門はずっと呆けていた。

気の毒そうに常連さんが肩を叩いたり、声をかけるのだが、小門はいつまでも腑抜けていた。

気付け薬になるかな、と、アルマニャックを差し出した。
小門は受け取ると、一息にあおった。

「……知っていたのか。」
恨めしげにそう言われて、俺は肩をすくめた。

「まあ。何度かココにも連れて来てたし。綺麗な子だよ。」
きついけど……と、いう言葉は飲み込んだ。
彼女のために、余計な先入観を与えたくなかった。

「どこのお嬢さんだ?年上なのか?」
「そこまで知らない。真澄さんに聞いてみれば?」

本当はすぐ近くの高校1年生と知っていたけれど、俺はそう言ってみた。
小門は何とも言えない顔をして、押し黙ってしまった。


数日間、悶々と過ごした小門は、意を決して真澄さんに電話をしたらしい。
真澄さんは、あっさりとあおいちゃんのお腹の子の父親が頼之くんじゃないことを明かし、その上で、あおいちゃんを迎えたい意思を伝えたそうだ。

小門はますます困惑して落ち込んでしまった。
「他にナンボでもいるやん……まだ若いのに、なんで……」

やれやれ。

「まあ、そう思う気持ちもわかるけど……頼之くん、本気で惚れてるしなあ。」
セーラー服のあおいちゃんをココに連れてきた日のことを思い出すと、何となく、自然な成り行きのような気もするんだよな。

小門は俺をじーっと見て、言った。
「じゃあ、マスターも、なっちゃんのこと、ちゃんとケジメつけろよ。好きなんだろ?こないだ好きって言ったよな?俺に。……ちゃんとなっちゃんに言って、おばさんにも、なっちゃんの親御さんにも挨拶して、一緒になれば?」

「……そこまで飛躍する?」
痛いところを突かれた。

頼之くんはとっくに覚悟を決めて動いてるのに、俺はやっと好きだって自信を持って言えるようになったってところで止まってる。
なっちゃんのお腹の中の子供ごと、誰だかわからない父親の影ごと、受け入れる……覚悟は……あるんだかないんだか、自分でもよくわからない。

「飛躍じゃないだろ。あたりまえの手順だろ。」
小門の言う通りかもしれない。

でも、俺はそこまでとんとん拍子に物事を進められない。
優柔不断と言われても、納得できなきゃ一歩も動けない。
「牛歩なんだよ、俺は。まあでも、真澄さんのことは吹っ切れてるみたい。」

小門は変な顔をした。
「ずいぶん自覚、遅いんだな。俺は何年も前から気づいてたよ。」

「……俺はなっちゃんと再会するまで自覚しなかったよ。」
憮然としてそう言うと、小門はちょっと笑った。
< 249 / 282 >

この作品をシェア

pagetop