カフェ・ブレイク
「章(あきら)さん。私、章さんのこと、好きです。」

……ちりれんげをくわえたまま、俺は途方に暮れた。
じわじわと詰められていく。

嚥下して、お茶を飲んでから、一呼吸。
「うん。知ってる。ありがと。」 
精一杯の虚勢だ。

なっちゃんは、ちょっと笑った。
「そうですね。前にも言いましたね。」

「……うん。」
でもあの時とは、受け取る側、つまり俺の気持ちも反応も違った。
なっちゃんは、ちゃんとそれに気づいているのだろう。
少しの余裕すら感じた。

「私、昨日からすごく幸せなんですよ。」
「俺は、しんどいけど。」

苦笑してそう言うと、なっちゃんは少し慌てた。
「あ!ごめんなさい!えーと、そうじゃなくて、昨日からずっと章さんが私に敬語じゃないんですよ。」

……なるほど。
「ほんまや。修行が足らんな。」
そう言ってから、視線をなっちゃんに移した。

「……こんだけ美人で、こんだけ料理上手かったら、どんな男でもよりどりみどりやろ。俺みたいに中途半端な男は、やめとき。」

これは、牽制じゃない。

「中途半端って……。」
首をかしげるなっちゃんの目を捉えたまま、続けた。

「中途半端だよ。まともな仕事にもつかず、趣味の延長で店やって。後腐れなく遊べる子だけを適当に食って。」

これは、拒絶じゃない。

「だから、なっちゃんは、無理。お母さんにバレたら、責任取らされるわ。せやし、無理。」

これは、駆け引き。

「そういう煩わしいのは、ごめん。」

これは、狡い男の、線引き。


なっちゃんは泣きそうな顔になった。

……ダメか。
ここで、強さを見せてくれたら、遠慮なく据え膳を食わせていただくのだが。
残念。

俺は、肩をすくめて見せた。
「まあ、そういうことだから。ちゃんと、誠実な男と恋愛しなさい。じゃ、俺、寝るわ。」

なっちゃんは、黙って突っ立っていた。

薬と新しいポカリを持って、寝室へ。
……意外とガッカリしてる自分に気づいて苦笑する。

なんだかんだゆーて、俺、なっちゃんとやりたかったみたいだな。
てか、充分もうほだされてる。

あーあ。
こういうのって、巡り合わせだよな。
ご縁がなかった。
それだけのこと。

なのに、なんでこんなに、淋しく感じるんだろう。
……風邪ひいてるからかな。
薬を飲んで、寝よう。


次に目覚めたのは、夕方だった。
何となく、熱は下がった気がする。
トイレに行って、ついでにキッチンへ。
なっちゃんからの置き手紙があった。

「風邪でつらいときに、ごめんなさい。
 軽率でした。
 冷蔵庫に、うどん玉が入ってます。
 お鍋のおだしを温めて召し上がってください。
 ご自愛ください。」
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