カフェ・ブレイク
「あ~~~~。やっぱり美味いわ。全然違うわ。会社まで、出前に来てくんない?マスター。」
しみじみとそう言ってコーヒーを飲む小門に、俺はニッコリと微笑んだ。
「ありがと。でも、時間かかると味落ちるし、水が違っても味変わるし。この味は、ココで飲んでもらうしかないから。……いつでもいらしてくださいね。」

他のお客様がドアを開けて入って来られたので、言葉遣いを改める。
一拍おいて、営業スマイルで迎えた。
「いらっしゃいませ。」

俺がお客様のもとに行ってる間に、小門はコーヒーを飲み干したらしい。
「ごちそうさま。マスター。また、来るよ。」
そう言って、500円を置いて席を立った。

「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています。」
心からそう言って、淋しそうな小門の背中を見送った。




バレンタインデーは毎年カオスになる。
ありがたいことに、俺は昔からモテるほうなのだが……喫茶店のマスターを祖父から引き継いでからというもの、年輩の女性と10代の女の子からのチョコばかりになってしまった。

……妙齢の女性は、時代遅れの純喫茶ではなく、オシャレなカフェに行くのだろうか。

今年も朝からわざわざチョコを届けに来店してくださるお客様で賑わっていた。
カウンターにいただいたチョコを置いていたが、スペースがなくなったので、後ろの棚にも置いてると
「舟木のコンサートやな。」
と、お客様に揶揄された。

「毎年、どなたかがそう仰いますね。一度、実際に拝見してみたいです。」
よくわからないが、お客様のお話によると、舟木一夫のステージにはプレゼントを並べる長机や棚が準備されているらしい。
コンサートが始まると、プレゼントや花束を抱えたファンがステージへと近づき、直接、舟木一夫に手渡しできるというのだ。
……そりゃ、ファンならうれしくてイロイロ準備していくだろうな。

もちろん、こちらはしがない古い喫茶店の店主。
比較になるはずもないが、お客様のお気持ちは大切に受け止めたいと真摯に思っている。
中にはお金を包んでくださるかたも、心の震えるようなお手紙をくださるかたもいらっしゃる。
支えていただいてるよ、ほんと。

ちなみに、なっちゃんも毎年、ゴディバをくれていたけど……あれから姿を見せないところを見ると、今年はないかな。

残念だけど、それも仕方ないだろう。 

そんな風に今年も賑やかなバレンタインデーが過ぎていく。
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